見出し画像

「種」 永井 楓人 著

 2047年現在。朝起きて、洗面所に行き、顔を洗って歯を磨く。制服に着替えてリビングへ向かい、朝のニュースを観ながら朝食のフライドポテトを食べる。朝食を済ませると学校に行く。いまどき、これがルーティンとなっていない学生は滅多にいないだろう。楓人(ふうと)の家でもこれが欠かされたことは、まだ一度もなかった。
 今から6年前の2041年、DSV (delicious safety vegetable) という企業が遺伝子操作されたじゃがいもの開発に成功した。そのじゃがいもは 「DSじゃがいも」と名付けられ、当時のメディアはこぞって取り上げた。DSじゃがいもは揚げると通常のじゃがいもよりもカリカリで中もしっとりホクホク、甘味も強いためポテトフライに向いているという特徴があった。DSじゃがいもは大手ハンバーガーチェーン店のパクドナルドでも使われるほど人気になり、スーパーやコンビニでも売られるようになった。さらに、DSじゃがいもはその年の流行語大賞にも選ばれ、その名を全国に轟かせた。
 翌年にはDSじゃがいもを使って作られたポテトフライを食べるとがんになる可能性が減少することがアメリカのハーパート大学の研究によって証明され、2042年には国民は毎日一食必ずポテトフライを食べることが義務付けられる『日本国ポテト法』が発行された。じゃがいもは今の日本に欠かせないものになっていた。

―7日前―
 「家でも簡単にじゃがいもが育つ、すくすくじゃがいも DXキット好評発売中!!」CMを見ながら便利だな〜と楓人は思った。「ほら、冷めちゃわないうちに早く食べな〜。」母が言う。「はぁ〜い。」湯気が立ち上る目の前のフライドポテトを口の中いっぱいに頬張る。ウマい。口の中がじゃがいもの香りと甘さで満たされていく。自分の好きなものが毎日食べられるなんて夢みたいだと思う。「お腹すいたな〜。」父はそう言いながらリビングに降りてきた。「私たちも早く食べちゃおう。」楓人と同じように二人もポテトをつまみ始めた。楓人は、この光景を見て朝だな〜と思うことが多くなってきている。10分くらいたった頃、皿の上のポテトはすっからかんになっていた。「んじゃ、そろそろいってきまーす。」そう言って楓人は玄関の扉を開けた。
 先生が機械音を発しながら入ってくる。 「気を付けー、礼、お願いします!」 「お願いします!」 号令係の合図に合わせ、クラス全員が礼をする。「キョウハ、キノウノツヅキヲヤリマス。」 「またじゃがいもの歴史かよー、もう飽きてきたんだけどー。」 誰かが小さい声でコソコソ話している。 『日本国ポテト法』 が発行されてから、小学生から中学生はじゃがいもについて学ぶことが義務教育となっていた。しかし、今さらじゃがいもについて詳しく知っている人はそう多くなかったため、政府はじゃがいものデータを 『ポッパーくん』 にインストールさせることでじゃがいもの先生として運用することにした。今ではどこの学校でもこの『ポッパー先生』を導入している。
 「先生ぇー、友達が言っていたんですけどDSVから重大発表があるって本当ですか?」友達の友太(ゆうた)が先生に聞く。なんで今?と思ったが楓人はその話に興味を持った。確かにそういう話を聞いたことはあったがあくまで噂だったので事実かどうか気になっていたのだ。「ハイ、ホントウデス。」先生の機械らしい声とその発言に楓人は少し驚いた。周囲を見るとみんなもざわついていた。「コノハナシハモウオワリデス。タブレットヲヒライテクダサイ。」
 昼休み、クラスのほとんどが校庭に出ていた。今日も給食のフライドポテト美味しかったな〜と楓人が余韻に浸っていると、友太が机に駆け寄ってきた。「なあ、これ見てくれよ。」友太がパソコンの画面を開いて楓人に見せつける。「ほら、これ。」そのパソコンにはプイッターのDSV公式アカウントの画面が映っていた。「これ学校のだろ?勝手に見ちゃダメでしょ。」友太は話を聞いていない。「昨日投稿されたやつを見つけたんだけどさ、2日後重大 発表って書いてあるんだよ!」確かに画面にはそう書いてあった。「重大発表って何だろうな?」という言葉に対し、楓人は笑いながら冗談で「分からないけど、 新しいじゃがいもができたんじゃない?」と答えた。友太は少し間をおいて「かもな」と言った。そこでこの話は終わった。

―6日前―
 朝起きて、顔を洗い歯を磨く。制服に着替えてリビングへ向かう。今日もいつもと変わらない日だと思っていた。だが、テレビをつけるとそうじゃないということに気が付いた。「おはようございます。DSVの社長、邪我山芋斗(じゃがやま・いもと)です。本日は国民の皆さまに重大発表があります。」カシャカシャというシャッター音が鳴り響いている。テレビの右端には緊急会見という文字が映っている。父と母もテレビに釘付けになっていた。おそらくテレビを見ている人全員がこんな状態だろう。一体何を話すのか、 空気が張りつめていた。「なんと、わが社はDSじゃがいもの品種改良に成功いたしました!」 我が家に衝撃が走った。特に楓人は、昨日冗談半分で言ったことが当たってしまいさらに驚いていた。「具体的にはどこがDSじゃがいもと違うのでしょうか?」記者が質問した。「基本はDSじゃがいもと同じです。大きなポイントは邪魔な芽がないことです。また、DSじゃがいもよりも風味があり、甘味も強いためさらに美味しくなっています。 じゃがいも本来の味も強いため味つけは不要です。」 そんなじゃがいもが 作れるのか?という疑念を残し、話はさらに進んでいく。「さらに、四角い型にはめることで形を四角形にできます。これによりフライドポテトを作る時に出る不要な部分がなくなりました!」 社長はプレゼンでもしているかのように話す。「なんか昔のスイカみたいだね。」と父が言った。昔はスイカを型にはめて四角いスイカを作るのが流行っていたらしく、楓人もよくそんなアイデア思いつくなーと感心していた。「名前はもう決まっていますか?」今度は別の記者が質問した。「GDSじゃがいもです。Gはgreatから取りました。3日後から全国のスーパーやコンビニで発売されます。ぜひ一度買って味をお確かめください!」
 その日は学校でもGDSじゃがいもが話題となっていた。じゃがいもの影響力はすごいなと改めて思う。風呂に入ってベッドに入ると、月がいつもより光っている気がした。

―3日前―
 今日は学校で特別授業が入った。なんと、DSVの社員が特別講師として来てくれたのだ。しかも、GDSじゃがいもを持って。「おい、押すなって。」「ごめん。」みんな初めて見るGDS じゃがいもに興味津々になっていた。それは楓人だって例外ではない。本当にテレビで言っていたようなじゃがいもなのか、気になっていた。そして、ついにその姿を目にする。しかし、それはじゃがいもというにはあまりにもツルツルで、角が少し丸みを帯びてはいたがほぼ完璧な立方体だった。近くで見ると、食品サンプルのようにも見える。「今日は皆さんのためにGDSじゃがいもを使ったじゃがバターを作りました。遠慮なく食べてください。」講師はそう言うと、出来立てを持ってきてくれた。クラス全員がすごい勢いでじゃがバターが乗った皿を取りに行く。「いただきます!」その言葉を合図に、みんなが一斉に食べ始めた。楓人もこれってただの試食会じゃね? と思いながらも止まることなく食べ続けていた。ただでさえじゃがいもが甘いのに、バターの甘さも相まって口の中に尋常じゃない甘さが流れ込んでくる。正直、ここまで甘いのは苦手かもと思ったが、あまりにじゃがいもが美味しかったので、結局完食してしまった。楓人もこの時だけはじゃがいも恐るべしと思った。
 休み時間、友太の元へ行く。「今日のじゃがバター甘くなかった? 俺めっちゃ甘いと思ったんだけど。」「そうかなぁ、俺は何とも思わな かったけど。」マジかと率直に驚いた。そういえば友太はポーラをがぶ飲みするようなやつだ、楓人は聞いた自分が悪かったと少し後悔した。 しかし、諦めずに「だけどさー、じゃがいもはめっちゃ美味しかったよな?」と聞くと「うん。」 と答えた。友太もそこには共感していたようだった。
 家に帰ると、母が晩ご飯を作って待っていた。くらくらしてしまうような良い匂いが部屋の中に充満している。「はい、できたよ。」山盛りのフライドポテトが目の前に置かれた。「いただきます。」山盛りのポテトの中から一本だけつまみ、口の中に入れる。その瞬間、美味しさが口の中を満たした。楓人は味の黄金比という言葉を聞いたことがあったが、こういうことを言うんだと理解した。その時、父が帰ってきた。「うわ、すごく良い匂いだね。」そう言うと、父と母も一緒になって食べ始めた。その後は家族団らんで過ごした。
 翌日、給食でもGDSじゃがいもを使った肉じゃがが出た。ちょうど良い味の濃さで、ご飯とよくあった。この二日間だけでも、振り返るとたくさんGDSじゃがいもを食べたなと思った。もう死んでもいいかも?と思えるほど、楓人は満足していた。

―1日前―
 楓人の家では、今日も朝からフライドポテトを食べていた。しかし、父の様子がどこかおかしかった。「大丈夫?」心配そうに母が声を掛ける。「頭が痛くてね、今日は仕事を休むよ。」父はそう言いながら寝室へ向かった。
 通学路の途中で、頭を抱えている人を何人も見かけた。学校に着き、教室に入ると半分以上の人がいないことに気づいた。先生が話す「キョウハ34メイチュウ19メイガ、ゲンインフメイノズツウニヨリケッセキシテイマス。ミナサンモイヘンヲカンジタラ、スグニチカクノセンセイニシラセテクダサイ。」
 号令後、友太が来た。「楓人は頭大丈夫か?俺も朝から頭痛がするんだ。」頭を抑えながら、苦しそうに話している。「俺は大丈夫だけど、父ちゃんがダメでさ。今日は会社休むって言っていたよ。」「そうか、俺も今から学校を早退しようと思っていたんだ。」友太の言葉に楓人は思わず「マジで!?」と言ってしまった。「うんマジ。そういうことだからまた明日学校で会おうな。」「分かった。また明日な。」楓人がそう言うと、友太は手を振りながら教室を後にした。
 家に帰ると、母がリビングのソファーで横になっていた。「大丈夫?」と楓人が声を掛けると母から返事が返ってきた。「ごめんねぇ、あの後私も頭痛くなっちゃって。夜ごはん作れそうにないから、冷蔵庫から冷凍ポテト取って好きな時間にチンして食べて。」「分かった。」会話が終わると母はまた寝転んでしまった。
 1時間ほど経ち、ポテトを解凍させると一人でポテトを食べた。この日のポテトは、あまり味を感じられなかった。ベッドに入ると、月に雲がかかっていたらしく、月の光は全く感じられなかった。

―最後の日―
 服を着替えてリビングへ行くと、父と母がいた。「あれ、二人とも大丈夫なの?」楓人が心配そうに尋ねると、「ああ、もう二人とも大丈夫だよ。」という父の元気な声が返ってきた。いつもと変わらない父を見て楓人は安心する。「でも、大事を取って今日も仕事は休むよ。」「そうなんだ…。」その時、もしかしたらみんなも来ないのでは?と楓人は少しだけ不安になった。
 学校に着くと、楓人のクラスから賑やかな声が聞こえてくる。教室に入ると、昨日とは逆で半分以上の人がいた。そこには、友太も含まれていた。「おはよう。」友太に向かって声を掛ける。 友太も楓人に気づき、返事をする。「大丈夫か?」と聞くと「全っ然平気!」という元気な声が返ってきた。しばらくして、先生が入ってきた。「ハイ、ミナサンスワッテクダサイ。キョウモ13メイノヒトガケッセキトナリマシタ。キョウモイヘンヲカンジタラチカクノセンセイニツタエテクダサイ。」と先生が言う。確かに、昨日はいた人たちが、今日は休んでいる。一体何が起きているんだろうと思った。
 休み時間、楓人はトイレに行っていた。すると、教室の方から叫び声が聞こえてきた。楓人はすぐに教室へ向かった。そして、教室に向かう途中、廊下で驚くべき光景を目にする。なんと、制服を着た大きなじゃがいも数個が転がっていたのだ。数秒の間、思考停止をしていた楓人は我に返り、急いで教室に向かう。教室に戻るとやはり、大きなじゃがいもが転がっていた。「楓人!」 声の方に顔を向けると友太がいた。「どういう状況!?」「分からない、俺も今トイレから戻ってきたとこだから。」「何が起こって…」そう言いかけると友太は、気を失ったかのように倒れこんでしまった。友太はピクリとも動かない。「おい、大丈夫か!?」次の瞬間、友太の体から一本の太い茎が生えてきた。友太の体はぶくぶくと太っていき、みるみるうちに大きなじゃがいもになっていった。あまりに早い展開だったために、声も出さず楓人はその場に尻もちをついてしまった。楓人は10分ほどその場に座りこんでいたが、誰かが来ることはなかった。少し落ち着いてきた楓人は職員室へ向かった。職員室の中には、充電されているポッパー先生といくつかのじゃがいもがあった。楓人はすぐ家へ向かおうとした。しかし、突如頭痛に襲われ、気を失ってしまった。
 目が覚めると、辺りは暗くなっていた。楓人は、 無我夢中で家へ走った。途中でいくつものじゃがいもを見つけた。もしかしたら…そんな不安が楓人の頭をよぎる。ついに家に着き、急いで鍵を開けてリビングへ向かう。「父ちゃん、母ちゃん!」遅かった。そこには既に、父と母の姿はなく、代わりに大きな2つのじゃがいもが転がっている。それらを見ると、目から涙が込み上げてきた。涙が枯れるほどに泣いた後、楓人は冷凍庫から冷凍ポテトを取り出し、それを温めた。 皿の上に出して、食卓に置く。「いただきます。」何も言わず、黙々と食べ続ける。一口一口大事に食べ、10分ほどで食べ終わった。「ごちそうさまでした。」そのポテトは、今まで食べたフライドポテトの中で一番美味かった。もう思い残すことはない、そう思った瞬間楓人の体は動かなくなり、そのまま床に倒れこんでしまった。へそから一本の太い茎が生えてくる。楓人はそのまま気を失った。
 一日にして、日本に在住していたほとんどの人はみなじゃがいもになってしまった。後に分かったことだが、原因はGDSじゃがいもにあった。GDSじゃがいもにはどんな環境でも育つという特性がある。大量のじゃがいもを摂取した人間の中で発芽し、人間を養分として体内で育っていくのだ。十分成長すると茎が体を突き破り、無性生殖を繰り返して巨大なじゃがいもに変貌する。あれから1ヶ月経った今でも、じゃがいもになる人は後を絶たない。この出来事はGDSじゃがいもが販売されてから1週間たって起こったため『じゃがいも死の1週間』として連日、 世界各国のニュースで報道され、世界中を震撼させた。この事件が起こってから、世界では遺伝子操作の危険性を訴えるデモが起きるようになった。今現在、日本は地球一広いじゃがいも畑となっている。

「ふう。ここが日本か、本当に一面じゃがいもだらけだな。」「おいこの大きいじゃがいもすごく美味いぞ!」「本当か?よし、持ち帰ってみんなにも食べさせてやろう。」

―おわり―

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?