見出し画像

「囚人のジレンマ」ならぬ、「渋滞のジレンマ」とは私が言い始めました。

都内で車を使って移動しているとき、現地に早く着きたいと思えば思うほど、最短または最速のルートを選ぼうとします。

幹線道路を利用した方が良いのか、裏道の小道を利用したらよいのか、はたまたお金がかかるが高速を使った方がよいのか・・・。

そう考えながら最良の選択をしたつもりで目的地に到着にするのですが、常に思うことは、もっと最速の道があったのでは?ということ。

常にひとつのルートしか選べないのですから他のルートとの比較はできません。だからこそ、ジレンマを感じてしまうのです。

これは人生においても一緒で、「他の方法があったのではないか?」「こうすれば失敗しなかったのではないか?」「こうすればよかった」などなど、思ったことは多々あります。

しかし、その場その場での選択はひとつしかできませんから、他の方法を選んだ場合との比較はできません。

最近思うのは、閉塞感漂う日本社会において、うまくいかないことがたくさんありますが、「ああすれば・・・こうだったのに」「こうすれば・・・ああだったのに」という言葉を使いたくなります。ただこれは結果論に過ぎませんし、その思考は「渋滞のジレンマ」に取りつかれてしまっています。

大切なことは、結果的にうまくいかなかった場合にプロセスをしっかり検証できるかどうかで、検証次第ではジレンマを感じることはないでしょうし、次への良いステップになると思います。

結果を嘆くよりも、次への希望を持つ方が精神的に良いというお話でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?