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ゴレ島

今回は"世界最初の世界遺産"の2つ目として、ゴレ島を紹介していきます!

 概要

ゴレ島
所在地 セネガル共和国
登録年 1978
区分 世界文化遺産
位置 セネガルの首都ダカールの南東沖約3km  

まず初めの魅力は.....と書き出したいところですが、ゴレ島ではそうはいかないんです。それは、ゴレ島が"負の遺産"だからです。負の遺産とは、人類の戦争・紛争や人種差別といった悲しい歴史を二度と繰り返さないよう記憶に留めておくための遺産(世界遺産条約で正式に定義された概念ではない)であり、他に例をあげると、ポーランドのアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所や日本の原爆ドームなどがこれに該当します。ですから大いに学ぶ価値はあるものの、安易にポジティブな語感を持つ"魅力"という言葉が使えないことが分かっていただけるでしょう。

ではゴレ島の歴史を紐解いていきましょう。

 奴隷貿易の拠点

ゴレ島の負の歴史の起源は1444年にまで遡ります。この年にポルトガル人がゴレ島に到達しました。その後15世紀末にアメリカ大陸が発見されると、そこでの労働の担い手としてアフリカ大陸の黒人が注目されました。ゴレ島はその黒人輸送の中継地としてオランダ、イギリス、フランスといったヨーロッパ諸国によって次々と支配され、その間多くの黒人奴隷がアフリカ大陸からアメリカ大陸へと家畜のように扱われ、"輸出"されました。一説によれば、数千万人もの罪なき人々がアメリカ大陸へと送られたと言われています。そして、アメリカ大陸で黒人奴隷が育てた作物などはヨーロッパ本国へと送られ、ヨーロッパ諸国は巨額の富を手にしました。(下の図は大西洋三角貿易の概略図)

最後にこの島を支配したフランスは、1815年ナポレオン百日天下時に奴隷制度を撤廃しており(ナポレオンはそれより前の第一統領時代には奴隷制を復活させており、彼にとって奴隷制はあくまでも政治的手段に過ぎなかったことはうかがえる)、その後ゴレ島は、1887年に独立し、1960年にはセネガルの独立に伴いセネガル領とされました。

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 島に残る施設

ゴレ島は現在観光地として非常に人気があり、ダカールからフェリーで20~30分程でいけるそうです。 

ではいくつかの観光スポットを紹介します。

奴隷の家
二階は白人の商人たちの住居であり、一階は船を待つ黒人奴隷の収容部屋があります。殆ど窓もないような小さな部屋に奴隷の方たちが鎖で繋がれ、ぎゅうぎゅう詰めで収容されていました。人間の生活できる環境とは言えません。

そして下の写真は"帰らざる扉"と呼ばれ、奴隷の人たちは、船がやってくるとここから外へ出て船に乗り、アメリカ大陸へと向かうことになるのです。今見てみるととても綺麗な光景ですが、当時の奴隷の方にとっては地獄のような絶望の光だったのでしょう。ここを一度出れば、二度と故郷の土を踏むことはない。そんな意味を込めて帰らざる扉と呼ばれているのです。

また、船で輸送される奴隷たちの環境も極めて劣悪であり、食事も十分には与えられず、様々な病気が蔓延し、アメリカ大陸へ到着する前に亡くなってしまう人もいたと言われています。その時、白人は、その遺体を用済みの生ゴミ同然の扱いで海に捨てていたと言われています。 憤りのあまり、吐き気すらしてきます。

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歴史博物館(エストレ要塞)
見出し画像にしたのが、現在の歴史博物館で、かつては、フランスにより完成されたエストレ要塞として使用されていました。

現在ここには、ゴレ島の奴隷貿易といった悲しい歴史に関する展示がされています。


他にも、
島の至る所にフランス統治時代の大砲が残されていたり、奴隷解放のモニュメントがあったりします。

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 最後に

現在でもアメリカなどでは黒人差別は根強く残っていますし、アフリカの国々が奴隷制を行ったヨーロッパ諸国に対して過去の過ち、犯罪について謝罪を求めるといったことも起きているみたいです。勿論、先祖を賎しんできた相手を簡単に許すことなどできないとは思いますが、過去から学び平和な世界へと歩みを進める一歩としてそれは本当に正しいのでしょうか。

例えば、僕がこの記事を書いたのも、何も多くの人の憎悪を煽るためではありません。有り体ではあるかもしれませんが、こういった悲惨な歴史が起きてしまったことを知り、各人が自分の生活の中で他者を思いやる気持ちを育んでいくことの積み重ねでしか、平和な世界の構築などありえないと思っています。憎しみを学び、憎しみを生まないようにする。これに尽きます。どうかゴレ島について知った時の憎しみを自分の憎しみだと思わないでください。それはかつてこの島で引き摺られていた人たちの憎しみであり、僕たち自身の道標となるべきものです。

これが僕の今思う、"負の遺産"の学び方です。




次回予告

次回は「ガラパゴス諸島」について書こうと思います。

ではまた。


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