文体の舵をとれ練習帳

練習問題③問2


「今から死にます。今までどうもありがとう」と友人から連絡が届いたのは深夜三時頃で──その日はたまたまアルバイトが休みで、夜更かしをしている晩だった──私は(そうか、いよいよ決めたんだな)と素直に受け止めたりして、「それなら今日の昼、十二時まで待って死んでほしい」と返事をしてから、寝ていた両親をたたき起こし──当時の私はうつ病で大学を休学中のため、親のすねかじりをしていた──自分でもドン引きするくらいワンワン泣きながら土下座をして、彼らから十万を借り、一番最初に彼女の住む県まで飛んでくれる飛行機を予約し、財布とスマホだけ持って、寝巻のまま飛行機に乗り、彼女の住む街まで行くと──思い返せば服くらいは着替えても良かったが、思っているより当時の私は余裕がなかったらしい──今まで土の中に埋まっていたんじゃないかと思えるような真っ白な顔で私を見た彼女は、「夢を見ているのかもしれない」とぽつりと言って、そのまま布団にもぐり、こてんと寝てしまうので(ずっと眠れないまま昼間まで耐えたんだな)と遮光カーテンで昼の光も漏れ入らない、換気をしていないのでじめじめとした呼気溜まりのワンルーム、洗ったのか洗ってないのか分からない服の山、酸っぱい匂いのする流し台、(人が生きる痕跡の墓場みたいだ)なんて、ひとつひとつその墓を掘り返す気持ちで、カーテンと窓を開ける、全部の服を洗濯機にぶち込む、食器を洗う、好きなラジオの違法アップロードを聞きながら、そんな祓いを淡々とこなしていると、彼女が目覚め──彼女が目覚める頃にはすっかり日は暮れて、窓から見える居酒屋の提灯が人を呼び込み始めていた──「私生きてる?」とすぐそう言ったので、私は「ちゃんとお昼まで待って死んでくれてありがとう、もう夜だよ」と言って抱きしめて、二人でティッシュが一箱無くなるまで泣いていた。

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