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今日なに再読しよう(2) 〜司馬遼太郎『竜馬がゆく』

死ぬまでに再読したい本がたくさんあります。もう新刊を読むヒマがない!と思うくらいたくさんあります(新刊も読みますけどね)。そんな「再読したい本」を少しずつ紹介していく「今日なに再読しよう」シリーズ。再読する前に記憶不十分で書くこともあるのであしからず。


今日11月15日は坂本龍馬の誕生日にして命日である。
しかも、明日、ボクはたまたま高知に出張する。

こりゃ縁だ。
だから、この本について書いてみようと思う。

でも、いざ書くとなると、なんか思い入れが強すぎるせいか茫洋としてしまい、すでに途方に暮れてきたので、あえてあまり内容に触れずにあっさり書こうかなと思う。


まずは出会いから書こう。

もともとボクは歴史少年だった。
小学校時代、まずは源平に凝った。

もちろん子ども用の大きな文字の本であるが、『源平盛衰記』から『平家物語』『義経記』あたりにまずハマった。

特に源義経にハマった。
というか、惚れた。

好きが高じて、小5の夏休みに、親にお願いして義経が自害した平泉周辺を旅させてもらった。

そして、義経を祀った高館義経堂に、小5当時としては死ぬほどの勇気をもって、500円札を投じた鮮烈な記憶がある。

時は昭和46年。
調べたら、そばやうどんが80円のころ。
そのころの小5のお小遣い500円である。

なんか、もう、ありったけの愛を捧げた気分だった。
お賽銭箱に入れた後も、なんかもったいなくて、振り返り振り返り帰った記憶があるw

そんな感じでしばらくは義経イノチだったボクだが、その後、読書は『太平記』『椿説弓張月』とか渋い方向に広がっていき、小6のときに受験で読書が禁じられた間に「マイ義経ブーム」は去った。

で、中学。

晴れて「何を読んでいい」という環境を手に入れ、歴史少年は、司馬遼太郎、海音寺潮五郎、子母沢寛あたりに突入していくのである。

その中でも、司馬遼太郎は、圧倒的に読みやすかった。

歴史小説に馴れてくると、海音寺や子母沢のほうが読みごたえが出てくるのだけど、司馬遼太郎の文体は、中学生にも実に読みやすく、あっという間にハマっていった。

まずは『国盗り物語』から入った。
面白かったが、斎藤道三の魅力に気づくのはもうちょいあとになる。

それよりもハマったのは、次に読んだ『尻啖え孫市』である。
これで司馬遼太郎に夢中になった。

というのも、中1坊主にとって司馬遼太郎はほとんどエロ本なのであるw

『尻啖え孫市』は、当時のボクにとっては、なんというかもう刺激物であった。
今読むとそうでもないのだが、当時は特に男子校だったこともあり、いろんな妄想しながら読みふけった。

まぁそれはいいとしてw

そういう入口があったこともあり、まずは戦国時代が好きになった。
当時出ていた司馬遼太郎の戦国モノは全部制覇したと思う。

『関ヶ原』『新史太閤記』『豊臣家の人々』『功名が辻』『言い触らし団右衛門』『播磨灘物語』『夏草の賦』『梟の城』・・・

中学生にとって、戦国時代はわかりやすい。
だから、司馬遼太郎から入ったあと、いろんな作家の戦国モノを読んでいった。

でも、なかなか幕末モノには手が出なかった。
なんか暗く殺伐とした雰囲気が漂い、あまり面白い感じがしなかった。まぁ中学生はそんなもんだ。


幕末モノに入ったのは、高校に入ってから。
たまたま読んだ、子母沢寛の『父子鷹』が抜群に面白かったのが大きい。

勝海舟(麟太郎)の父、勝小吉を中心に紡がれた物語。
「ん? 幕末も意外とおもしろいじゃん!」と思った。

そして、次も子母沢寛。
彼の代表作『新選組始末記』を読み、うおーー!ってなった。

そうなると止まらない。
満を持しての司馬遼太郎である。
『燃えよ剣』。そして『新選組血風録』。

あー、たまりまへんなぁ。
そうやって新選組にハマったら、そりゃしばらくは帰ってこれまへんわなぁ。


で、そのあたりから『竜馬がゆく』はずっと意識していた。

だって、新選組の物語の中にちょくちょく出てくるからね、坂本龍馬の名前が。

しかも、やけに評判高い本ではないですか。

でも、長編すぎて、なかなか手が出なかった。

で、先に『人斬り以蔵』『世に棲む日日』を読んだりしていたのだけど、これまたちょくちょく坂本龍馬が出てきて、ま、こりゃ読まなくちゃアカンな、ってなって買ってきたのが、『竜馬がゆく』の単行本だったのである。

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・・・そして、この大長編は、ボクを変えた。

何度もくり返し読んだ。

ボクは高校1年生だった。



実は、龍馬という名前は、ボクの人生的にはすでにお馴染みだった。

小学生のときくり返し読んだ『巨人の星』に出てくるのである。

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死ぬときは、たとえ どぶの中でも前のめりに死にたい・・・


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まぁこれは「立志篇」の「旅と剣」という章の中のエピソードから梶原一騎が創作した言葉と言われてはいるのだけど、でも、小学生には実に印象的だった。

だから「坂本龍馬」という名前は覚えていた。

この『巨人の星』の龍馬と、『竜馬がゆく』の竜馬とが結びついただけでも、当時のボクには感動的だった。


だからだろうか、読んだ当初は、特に後半の「志を立て、前に突き進む龍馬」が好きだった。

「怒濤篇」「回天篇」とか、好きで何度も読み直した。


でも、何度も読んでいるうちに、お気楽かつ愉快な坂本龍馬が好きになっていく。

『竜馬がゆく』作中に出てくる、竜馬の都々逸。

なにをくよくよ川端柳 水の流れを見て暮らす


こんな唄をへらへら唄う龍馬に惚れていく。

そして、龍馬による「手紙文学」とでも呼べるような、秀逸な手紙群のすばらしさにも惚れていく。

なんて自由な書き手なんだ!


で、その過程で、ボクは坂本龍馬の手紙が現存していることにようやく気がつく。

そして、「原典を当たる」ということを人生で初めてやったのだ。

このとき、高校2年生。

龍馬の手紙の写しをとにかく見たかったし、手元に置いて何度も読み返したかった。

で、ボクは、清水の舞台から飛び降りる思いで生涯トップクラスに「高価な本」を買うのである。

下の写真の右側、『坂本龍馬全集(全一巻)』
全集といっても小説の類いではない。単なる資料全集である。

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忘れもしない、横浜の相鉄ジョイナスの4階にあった有隣堂で買った(当時ボクは保土ケ谷の祖父母の家に居候していたので横浜が庭だった)。

箱入りの、分厚くて重い豪華本。
でも内容は単なる地味な資料集である。

そして、なんと定価は2万円である。

高校生の2万円である。
単なる資料全集に2万円である。

でも、どうしても、手紙の原本とかを首っ引きで読みたかったのだ。

いまでも覚えている。

2万円の本を。
高校生が2万円の本を。
高校生が2万円もする超しぶい資料集の本を。
すんごくドキドキしながらレジカウンターに置いたのに。
すんごくすんごくすんごくドキドキしながらレジカウンターに置いたのに。

ちょーー素っ気なく扱いやがったメガネのおじさん店員のあのネズミ顔を!

なんか「ほー」とか「へー」とか「すごいねキミ」とか言え!(勝手な要望w)



・・・まぁそんな感じで龍馬に惚れきっていたボクは、浪人を経て大学に入ると、まず京都の龍馬の墓や寺田屋に行き、その足で土佐を徘徊し、そして長崎の亀山社中跡や花月に行き、龍馬が生きていた街を陶然と彷徨い歩いたのである。



まぁキリがないからこのくらいにしよう。


あ、あと思い出すところでは、35歳のとき(1996年)に出した拙著『うまひゃひゃさぬきうどん』というデビュー作は、五部構成にした。

え?
どんな五部構成かって?

それはもちろん決まってるじゃないですか!

「立志篇」「風雲篇」「狂瀾篇」「怒濤篇」「回天篇」という五部構成ですよ!



ボクなりの、この本への、熱い、暑いオマージュ、なのである。



いままででひとりだけ、『うまひゃひゃさぬきうどん』を読んで、「あれ、『竜馬がゆく』だよね? 好きなの?」と訊いてくれた人がいる。



古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。