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7. あたらしい始まり / Beginning Again

⭐️バーバラ⭐️

私は、ヒューストンへ行くということは、新しい環境へと入っていき、どんな私でありたいかを選ぶ機会を与えられたということなのだ、と気づいた。

私を「知っている」ひとは、もう誰もいないのだ。
私は聖霊に、ヒューストンで私をどのように使いたいのか、……私にどうあってほしいのか、と尋ねた。
私は、自由意志による生き方としての不淫(※訳注:主に宗教的な目的から、自発的に独身を選択する、または性的に禁欲すること)を選択する、というアイデアを与えられた。
私は、ヒューストンにおいて、精神性に重きを置く禁欲者として、聖霊に支えるために彼の地へと赴くのだ。
それは何とも心安く、正しいことのように感じられた。

走り続けて4日目の夜、私はヒューストンの母の家へと着いた。

次のガイダンスを受け取るまで、そこで過ごすつもりだった。
私が運転旅行で疲れていないばかりか、実のところ元気になってさえいたことは、私にも母にも信じ難いことだった。

私は素晴らしい両親に恵まれていた。

父は1964年に亡くなっていたが、母と私はとても仲が良かった。
私がキャンベル・ホットスプリングスから母に電話をかけ、聖霊が、ロバートにはインドへ行くように、そして私にはヒューストンへと帰るようにと導いた、と話したとき、彼女にとってはこの経緯の何もかもが、理解に苦しむものだった。
母は、
「もしあなたたちが愛し合っているのなら、どうして別れることなんかできるの?」
とか、
「あなたは、カリフォルニアの暮らしが気に入ってるんだと思っていたのに」
とか、
「ヒューストンで何をするつもりなの?」
とか、
「どうしてそれが聖霊からのガイダンスだってわかるというの?」
とか、
「どうやって生計を立てるつもり?」
または、
「その奇跡講座とかってモノがあなたをどうにかしちゃったのかしら。それって、カルトなの?」
といった質問を浴びせた。

私にわかったことは、こうした質問のすべては、答えることなど実質的に不可能なもので、私には、こうコメントするしかないということだった。

「私は、ただ、自分が学んでいる教えが真実だと信頼するしかないわ。
それが真実だとほんとうにわかるためには、それを生きてみる必要があるの。
もしそれが真実なら、私の周りのすべてのひとにそのことが明らかになるでしょう。
もし真実ではないのだとしたら、それもやはり、私は明らかにしたいの」

私がヒューストンで1年を過ごした後、私にとって奇跡講座を学び、生きるようになって2年目の年に、ママは、自分も読んでみたいから、奇跡講座を1セットほしい、と言ったのだった。

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