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「企画参加」ちょっと見方を変えたら世界は変わったよ


ららみぃたんさんの企画「一元観エピソード」
すごく興味のある分野なので、参加したいと思います♪


『今まで自分の価値観でジャッジしてきたけど、ちょっと見方を変えたらこんな風に世界は変わったよ』
的なエピソードを募集したいなと思いついたわけです。
ららみぃたんさんの投稿より


人間の社会では
「白」と「黒」
「ポジティブ」と「ネガティブ」
「好き」と「嫌い」
「生」と「死」

いろいろな物が分離しているよね、というのが二元観なのだと思うのですが

私は「自然の不思議」を考えるのが好きで
「昼」と「夜」の間には何があるのか?とか
「ホタルの大群の点滅はなぜシンクロするのか?」みたいなことをよく考えていました😅

人間が自然現象に名前をつけただけで、自然にあるものは大体グラデーションのような気がします。
かなりボヤッとした「一元観」ですが…


ということで、一元観(ニュートラル)な視点に気づけたエピソードについて書いてみたいと思います♪


「いままで自分の価値観でジャッジしていたけど、見方を変えたら世界が変わったこと」

私の今まで「こうだ」と思い込んでいた価値観は「音楽は人に聞かせるものだから、上手な演奏が出来た方が良い」というものです。

それは、幼少期ピアノを習っていて、ピアノ教室の雰囲気や、ピアノが上手になれば親が喜んでくれるかな?といったちょっとした期待もあったりして、自然とそういう考えになったんだと思います。


ピアノは長いこと習っていたわりにはそんなに上達しなくて、いつしか「上手に弾けないから人前で弾くのは恥ずかしい」という思い込みをしていました。


でも、noteの世界で、ピアノで遊んでみるチャレンジをしてからは、世界が変わったような気がします。

「上手」「下手」の二元観に囚われがちでしたが、その間には、「楽しい」や「気持ちいい」
と言った二極にはジャッジできない感情がありました。

そして、当初感じていた「楽しいという気持ち」は、かなりテンションが上がった感情だったのですが
弾いているうちに「楽だなー」という感覚→「満足」→「無心」とかなり力が抜けてきた気がします。

でも、ふとした時に「やっぱりもっと上手になりたい!」「みんなに上手と思われたい!」
という欲みたいなのも、スッーと出てくるんです。
そうすると、また練習がしんどくなったりして…

ピアノの練習は、まだまだ、自分の中の「上手」「下手」のジャッジと、ニュートラルな感覚の間でゆらゆらと揺れているようです。



こちらは、ピアノ企画を応援してくださった方たちへの感謝の気持ちをつぶやいた過去投稿。

自分自身をジャッジするクセを見直したら
優しい人たちに出会えました。

自分がニュートラルを気持ちを心がけたら、
シンクロしてニュートラルなジャッジしない人たちと出会えるのかもしれないなーと思いました♪♪


ららみぃたんさん✨

ジャッジしない世界について考えるキッカケになりました😊
素敵な企画募集ありがとうございます♪

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