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神はサイコロを振らない



この世で1番難しい学問
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flat earther(地球平面説支持者)が載せていたミーム。

⚠️地球平面説(ちきゅうへいめんせつ)とは、地球の形状が平面状・円盤状であるという宇宙論である。

「地球は球体ではなく平面状で自転などしていない」
「地球が時速1700kmで自転してたら座っていられるわけが無いはず」
「自転しているのならなぜ目が回らないのか」
(実は人口の7%は地球平面説支持者)

新幹線の最高速度は約時速280km、地球はその6倍以上のスピードで回っているのにも関わらず
わたしたちはそれを全く感じていない。机の上に置いたコーヒーは溢れない。
なぜならば、地球と一緒にわたしたちや周りの空気も同じスピードで動いているから。

たしかに地球を外から見たことある人は少ないであろう。
「地球は丸である」という見解は私たちは本や学者やメディアからしかその情報を得ていてない。

かつてアインシュタインは量子力学の原理を認めず神はサイコロを振らないと言ったことがある。
現代の物理論理学者は神はサイコロを降るだけではない。見えない場所まで放り投げることもあるとまで言った。
ここまで読んで訳がわからない人がいると思う。それが正しい。
この世で1番難しい学問は量子力学(量子宇宙論)だと思っていて
ノーベル賞を受賞したアメリカの物理学者、マレー・ゲルマンさえも、そんな状況を指して次のように述べた。
量子力学は、「真に理解している者はひとりもいないにもかかわらず、使い方だけはわかっているという、謎めいて混乱した学問領域である」と。

それもそのはずで誰も宇宙の広さを分かっていないし見たことがないのだ。

木星は中に地球が約1000個入るくらいの大きさで
太陽はその木星が中に約1300個入るくらいの大きさ。
それ以上に宇宙の面積は広くて
誰もがその空間を把握しきれていない。

観測することのできない465億光年先には
もしかしたら「宇宙の端」があるのかもしれない。
確かなことはまだ何もわからない。


だからこそ宇宙論の上ではヒトは限りなく無力だ。
どんな出来事も感情も
所詮、この広い宇宙の片隅にある
ちっぽけな青い惑星の中で生きている
小さな人間に起こる事象に過ぎない。
そう考えてしまうと
終わりのない悲しみも
心の疲労も辛いことも
全て広くて深い宇宙に包み込まれてしまう。

死にたいと思う日は絶対にこの先も来ないけれど
消えたいと思う長い夜はある。
自分が何者かだなんて忘れてしまったふりをして
責任も捨てて
自由になって
孤独と闘うのを辞めて
深く考えず、力を持たないで
ただその辺にふわふわ浮かぶ生命体になりたい。
それになれたらどれだけ楽なんだろう。

でもそんな弱い気持ちは
太陽が昇る頃にはこころの中にすーっと溶けてなくなる。
唐突に不安に苛まれても
小さな世界で自分にできることを
今日も一日頑張ろうと思えるのだ。



君たちは、また会えるよ。約束しなくても。
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夏は星空を見る機会が何故だか増えるのが嬉しい。
今見ている光は実は何光年も前の光で、
(光年とは光の速さを表している)
七夕のアルタイルは17光年前、ベガは26光年前の光が
今こうして現代まで届いている。
その奇跡がとてもロマンチックで
星空は、そう、タイムマシンみたい。

アルタイル(彦星)とベガ(織姫星)は今年も無事出会えたのだろうか。
天の川を渡ることができてもまた離れ離れになってしまう。

それでも羨ましい。

君たちはまた来年も同じ場所で出会えることが決まっているのだから。
約束しなくても会える人なんて
現実世界そう多くはいない。
それを人は運命と呼ぶ。



夜空を眺めているとなんだか星に手が届きそう。
こんなにも遠く離れているのに。
星の海を越えたその先に天国があるのだとしたら
どうしようもなく会いたくなる。
天の定めに逆らって
あと一回だけ会わせてもらえないかな。
最期の日がはじめから分かっている人生だったなら
後悔せずに人は生きられるのだろうか。


この世で自分が作った小さな明かりが
今は輝くことができなくても
遠い遠い未来では
いつか誰かの心を動かす光に
なることができますように。




Song of the week

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BTS/Lights
歌詞


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