小さな背中

「あたしは、この町が嫌いだった・・・」
小さな鞄とトランクケースを引きずりながら、ナオはぶつぶつと独り言を言いながら駅からの道を歩いていた。

歩きながら、ふと目に映る小学校に懐かしさを感じた。
「ヨッコ元気かな・・・そういえば、あの子、結婚したんだっけ・・・」

幼馴染だったヨッコ。
いつも自分を、からかってばかりだったヨウジ。
泣いてばかりだったヒロ。

次々と幼かった頃の思い出がナオの中に蘇ってくる。
「結構、仲良かったんじゃん・・・何してるんだろ皆・・・」

暑い日差しに疲れたナオ。
道路脇にあるバス停を見つけ、そこに腰を下ろし、ポケットからマルボロを取り出し火を点けた。

「馬鹿!女の子がタバコなんか吸うな!」
高校生の頃、父親に初めてぶたれた時のことは今でも思い出す。

「痛かったなぁ・・・何も女の子の顔をぶたなくてもいいじゃん・・・でも、お父さんも痛かったよね・・・」

早くに母親を亡くし、父と祖母が育ててくれた。
そのことは凄く感謝している。
「人を一人育てるのって大変なんだよね・・・」

いつも母親参観日が怖かった。
自分にはお母さんが居ないことを誰かに責められる気がしてた・・・。
「ふふっ・・・そんなこと皆知ってるのに・・・」
無性に幼かった頃の自分が愛しく思えてくる。

煙草を消し、蝉の鳴き声が響く道を歩きはじめるナオ。

「何考えてるんだ!そんなもんに誰でもなれるはずが無いだろ!」
家を出たいと言ったナオへの父親の最初の反応がそれだった。

「・・・確かに、トップスタイリストには、なれませんでした」
高校卒業と同時に無理やり家を飛び出した。
自分なら出来ると思ったわけじゃない。
とにかく、この家を、町を出ていきたかった。

都会に出て初めは何もかもが新鮮で楽しかった。
色んな所にも行った。華やかな場所で仕事も出来るようになった。
素敵な男性にも何人も付き合った。

でも、ずっと不安だった。
理由は分からない。
でも、そんな時は必ず、お父さんが駅まで見送ってくれた姿が目に浮かんできた。

正面からしか見なかったはずなのに、駅から帰るお父さんの背中が見える気がした。

スタイリストとしてようやく認められ始めた頃。
お腹に小さな命が宿ったことに気づいた。
「冗談だろ?だって、仕事あるし俺・・・お前もそうじゃん?」

男の言葉を聞いた一週間後、病院のベッドで一人で泣いていた。
「あたし・・・なにやってるんだろ・・・・ごめん・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
涙が止まらなかった。

気がつくと、あたしは病院からお父さんに電話してた。
「何もきかん。えぇから帰ってこい」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめん・・・」

お父さんには、何も言わずに帰ってきた。
でも、きっとお父さんは笑って迎えてくれる気がする。
おばあちゃんには、怒られるかもしれない。

でも、あの背中を見ないと次へ進めない。
あたしは今、そんな気がしている。

ナオの目に家の前で草刈りをする小さくなったけど、大きな背中が目に映った。

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