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『ワールドダイスター』9話のカトリナ・グリーベルが良いという話

 今年は1月から5ヶ月連続でnoteに投稿しているということで、せっかくなので6月にも何かを投稿しようと記事を書いた次第です。

 6月といえば春アニメが終わるわけで、始まるときに記事を書いていますから総括を書けば収まりが良いのですが、これを書いている時点で『スキップとローファー』以外の作品は最終回まで観ていないという体たらく。そこで今回は春アニメ全体の総括でなく一作品の限定的な部分についてだけ書きます。すなわち『ワールドダイスター』9話のカトリナ・グリーベルが良いという話です。


 まず『ワールドダイスター』という作品について。演劇が世界的ブームになった時代を舞台に、役者の頂点である「ワールドダイスター」を目指す人々を描いた物語です。

 『結城友奈は勇者である』『アカメが斬る!』などで知られるタカヒロ氏がストーリー原案ということでも注目されていますが、このアニメの魅力は演劇という題材に対する真摯な姿勢にあります。その良さは1話から感じられたため、以前の記事でもこの作品を注目作としてピックアップしました。

 そして、今回の記事で取り上げたいのは「ワールドダイスター」を目指す役者のひとりであるカトリナ・グリーベルというキャラクターです。

世界的ダイスターの娘 カトリナ・グリーベル

 高校2年生のカトリナは両親がワールドダイスターというサラブレッドです。母国のドイツで演劇をしていましたが、ある事件を機に来日して主人公の鳳ここなと同じ「劇団シリウス」のオーディションを受験して切磋琢磨することになります。

 恵まれた親を持つキャラクターの王道で、カトリナは偉大な親に追いつきたいという強い思いを持っています。それゆえ序盤はここなへのきつい言動が多いのですが、次第にここなのひたむきな性格と才能に触れて心を開いていきます。これまた王道を往くツンデレの可愛さです。

 そして今回の記事において重要なのはカトリナがドイツ人ということ。日本語も問題なく話せるのですが、母親と通話するシーンなどではドイツ語を使用します。このことはカトリナを演じる天城サリー氏が実際に言語を使い分けることで表現されました。マルチリンガルである天城氏にキャラクターがオーバーラップするようでもありますが、彼女はカトリナ役のオーディションまでドイツ語を話したことがなかったそうで、その言語センスと努力が窺えます。

 母親に接する際にドイツ語を使っていることは、カトリナという人物を解釈するために重要なファクターです。文字によるメッセージでやりとりする場面もありますが、そこでもドイツ語が使用されています。

『ワールドダイスター』4話より

 その点を踏まえて本題である9話に移りましょう。この話のサブタイトルは「ワールドダイスター」で、作品タイトルと同一です。よく最終回で行う演出を全12話あるにも関わらず9話で行ったのです。

 そんな演出をするからにはさぞ主人公のここなが揺さぶられるのだろうと思いきや、揺さぶられるのは他でもないカトリナでした。それもそのはず。この回は現役の「ワールドダイスター」であるカトリナの母・テレーゼが来日して劇団シリウスにやってくるという内容です。

 テレーゼを演じるのはゆかなさんでした。『絶対可憐チルドレン』の蕾見不二子が好きなんですが、絶チルのアニメも15年前ですね……。

 カトリナとのやりとりではドイツ語を使用していたテレーゼですが、日本語も使用できるため、ここなたちとの会話では日本語です。一方のカトリナと会話するドイツ語の場面ではゆかなさんでない別のキャストの声が入れられており、正直なところ結構な違和感があります。これだったら無理にドイツ語を入れなくていいのではとも思わせられますが、この9話においてはカトリナとテレーゼの母娘がドイツ語で会話していることが重要な演出となるのです。

 テレーゼが来日したのはカトリナを別の劇団へ誘うためでした。劇団シリウスには新妻八恵という看板役者がいて、同期のここなも公演で主役を経験し実力を伸ばしています。対するカトリナは伸び悩み、「ワールドダイスターの娘」という肩書き以上のものを見せられずにいました。テレーゼの誘いは環境を変えてあげようとする親心です。

 カトリナは移籍先の候補となる劇団の資料を見つめます。その後場面は移って翌朝。ここなが目覚めると、同じ部屋で生活しているカトリナがいません。日本を発つテレーゼは、カトリナに共に帰る選択肢を与えていました。

 しかし、カトリナが選んだ答えは、移籍ではありませんでした。その決意は舞台役者らしい口上でなく、母娘の会話ツールであるスマホを使って短く描かれます。

アタシはシリウスで
ダイスターになるわ

『ワールドダイスター』9話より


 重要なのはこのメッセージが日本語で書かれたことです。これまでカトリナは母へのメッセージにドイツ語を使っていました。それがなぜ、ここでは日本語なのか。

 その答えに影響するのが、カトリナのパーソナリティである「偉大な親に追いつきたいという強い思い」です。この王道の思いは、カトリナが演劇の世界に身を置くための重要な原動力でした。もちろんシリウスに残るか離れるかという決断にも関係します。

 とはいえ、実を言えば、偉大な親に追いつくだけならどちらを選択してもそれほど違いはありません。追いつくことを目標にした場合、いずれを選んでも到達点は「偉大な親」だからです。カトリナがどうあろうと、親はカトリナではないので変わらないのです。

 つまりカトリナの王道の思いは方向性は同じながら変質しています。「偉大な親を追い越したい」というこれまた王道へと。

 追い越す場合に目指すべき到達点はカトリナ本人の「理想の自分」です。これはカトリナの選択に大きく左右されます。そして、到達するには「自分」とは何か掴む必要があります。

 「自分」は自らが選び掴み取ってきたもので構成されます。カトリナの場合、親元を離れて来日し、劇団シリウスで過ごした日々こそ自らが選び掴み取ってきたものです。だから「シリウスで過ごすカトリナ」が「自分」であり、ダイスターになる場所は他にありえません

 よって母親へのメッセージもシリウスでの日々で使用する日本語となりました。母親から受け継いできたナチュラルな母国語でなく、シリウスの仲間と共有する日本語こそがカトリナの「理想の自分」が持つ言語です。

 日本語のメッセージは親に追いつくのでなく追い越そうとするカトリナの「自分」の確立を力強く示しました。そこには「ワールドダイスターの娘」という生まれ持った宿命を越えようする力強さもあります。カトリナの内面を描く上で日本語とドイツ語の使い分けは素晴らしい表現でした。

 

 ということで『ワールドダイスター』9話のカトリナ・グリーベル、そして彼女を描く表現が良いという話でした。毎度のことながらアニメの表現はアニメの形で触れてこそで、文章にしたところで真髄には触れえません。日本語のメッセージも究極的には1話からの積み重ねがあってこそです。ぜひ『ワールドダイスター』を観てこの文章が何を言ってたのか確かめてみてください。観ても何を言ってたのかわからなかったら、それは文章が悪いせいです。

 何より自分自身まだ『ワールドダイスター』を最後まで観ていないので、物語がどんな着地をするか楽しみにしています。もしかしたらカトリナの内面により触れるためには今後配信予定のゲームもするべきでしょうか。リズムゲームは苦手ですけど、ちょっと気になってはいます。

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