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イギリスの完全水道民営化って成功例なの?

この記事は2014年に労働組合に依頼されて書きました。数年たった今英国の水道民営化事情のアップデートをしていて、この記事がオンライン上にないことに気が付きました。すでに2014年の時点で英国の民間水道の信頼は崩壊していたことがわかります。今日の水道民営化の議論の一助にとノートで発表します。

1989年イギリスはサッチャー政権下で、電気、ガス、通信、鉄道、航空に続いて水道サービスの民営化を行いました。当時、河川流域ごとに10にわかれた国営の地域水管理会社があり、総合的な水管理、サービスを供給していました。これらが完全民営化(民間売却)されたのです。正確にはイングランド、ウェールズの地域水管理会社の完全民営化で北アイルランド、スコットランドは公営を守りました。ウェールズはその後2000年に非営利の協同組合形式に転換しています。なので、この先はイングランドの完全民営化と呼びます。上下水道サービスは自然独占なので、サービス利用者の利益を保護するため、価格とサービス基準を規制するオフワット(OFWAT:Office of Water Services)が設立され、水質基準には他の機制機関が担当しています。

イングランドの完全民営化は、官独占に競争原理が導入され、独立の機制・監視機関が機能している成功例と度々紹介されていますが、果たしてそうでしょうか?今日、イングランドの民間水道会社は大手メディアの批判にさらされているだでなく、批判的な検証が多くの研究機関から発表されています。そして最近の世論調査では70%の国民が再公営化(国有化)するべきだと言っているのです。市民がそう願う理由がたっぷりあります。完全民営化から25年、完全民営化の現実を見ていきましょう。

現在、イングランド民間水道会社の多くはプライベート・エクイティー・ファンド(訳注) かアジアの多国籍企業が所有しています。この形態のもとでイングランドの民間水道会社は、年間で約3500億円(£2 billion)の純利益をあげています。一方で、水道サービスへの投資は利子の低い公債を借り入れています。この意味はもし水道会社を国有化すれば、一世帯の水道料金は年間で14000円(£83)、20%安くなるということです。

(訳注)プライベート・エクイティ・ファンド (Private Equity Fund) は、複数の機関投資家や個人投資家から集めた資金を事業会社や金融機関に投資し、同時にその企業の経営に深く関与して「企業価値を高めた後に売却」するこ とで高いIRR(内部収益率)を獲得することを目的とした投資ファンドである。

もう少し具体的に知るために首都ロンドンに行きましょう。ここに水道会社の金融化の好例があります。テムズ・ウォーター社(以下テムズ・ウォーター)は英国最大の上下水道サービス会社でロンドンを含むテムズ川流域の1500万人(英国の人口の27%)にサービスを提供しています。

複雑化するテムズ・ウォーターの所有形態と金融化
テムズ・ウォーターはもはや水道会社の体を失いロシアのマトリョーシカ人形のようになっています。民営化から25年たった今、テムズ・ウォーターは´億万長者銀行´と揶揄されるオーストラリア投資銀行マッコーリーに率いられるコンソーシアムに所有されています。持株会社の株式持ち合いが繰り替えされ、結果として水道サービスを供給する会社と最終的な株主との間に現在5つの中間会社が存在しています。そのうち2つが市場で資金を調達し、そのうちの一つは租税避難地(タックス・ヘイヴン)であるケイマン諸島にあるのです。この形態で株主利益第一、消費者が最後という構造が出来上がっています。

過剰な借入れと株主配当
ロンドンでは下水施設の許容量が間に合わないため、一部適切に処理せれないまま下水がテムズ川に放出される状態が続いていて、国際基準にも抵触している危機的な状況です。テムズ・ウォーターは川下70メートルに20マイルのトンネルを作り、処理した下水を海に放出する施設投資を行う必要を長年認識していますが、その費用は約7000億円(£4bn)と見積もられています。2012年、テムズ・ウォーターは511億円(£279.5m)を配当金として株主に配分しました。一方で同年テムズ・ウォーターが収めた税金は0。よく使われる手法ですが、過剰な借入れを行い利子払いで赤字を計上することで税金を回避できます。ヨーロッパ開発銀行の専門家の試算によると、もし過去10年間テムズ・ウォーターが株主配当を行わず、かわりにその資金を積み立てていれば、公的資金借入れも水道料金値上げもなしに下水施設近代化のための7000億円があったはずだと報告しました。健全な資金運営を行うならば、テムズ・ウォーターの背後にいるプライベート・エクイティ・ファンドの価値は2006年から2/3にとどまるべきですが、実際には価値が10倍になっています。

事実2007年から12年の5年間のうち3年間、株主は税後の純利益よりも多い配当金を得たのです。これが意味するところは過剰に配分した利益は単に会社の債務になっているのです。5年間で債務は約2倍の1兆3500億(£7.8bn)に膨れました。

新しく規制機関オフワットのトップに就任したジョンソン、コックスは水道会社が危険なまでの負債を抱えていることを危惧しています。1ポンドの資本に対して4ポンドの借入れをするのは、危険なだけでなく、それが税金納入回避のために行われていること、結果として負の影響を受けているのは水道サービス利用者であると指摘しました。危険なまでの過剰な資金の借入れは、近い将来倒産する危険性が大いにあり、そうなれば金融危機で銀行が破錠したのと同様に公的資金での救済ということになりかねません。ちなみにこのようなリスクは公営のスコットランド水道公社にはまったくありません。

研究者は「巨大なレベレッジ債務は消費者が負担する水道料金の値上がりという犠牲によって、投資家への過剰利益還元を可能にしている。もちろん株主だけでなく、企業の管理職、それぞれの中間会社の間にいる法律家、会計士、金融業者もその恩恵を多大に受けている。テムズ・ウォーターの最高経営責任者は2億2300万(£1.29m)の報酬を得た」と報告。テムズ・ウォーターの5年間での配当金の合計は約3118億円(£1.8bn)です。

残念ながらテムズ・ウォーターだけでなく他の民間水道会社も似たり寄ったりの経営をしています。例えばイングランド南岸地域でサービスを供給するサウザンウォーターはサウザンウォーターキャピタルに所有されていましたが、2007年にLtd JPモルガン・チェースが率いるコンソーシアムに買収されました。Ltd JPモルガン・チェースは2012年に約4318億円の純利益をあげました。

このような事実は2012年後半から2014年現在まで英ガーディアン紙などが数々の記事を発表し人々の知るところとなったのです。この批判は大企業擁護、新自由主義で知られるフィナンシャル・タイムズ(FT)でも大きく取り上げています。有料記事でリンクが張れませんが。

英ガーディアン紙 
Thames Water: the drip, drip, drip of discontent 
Renationalise English water
Thames Water – a private equity plaything that takes us for fools
Water companies pay little or no tax on huge profits
ファイナンシャルタイムズ紙 
Thames Water attacked for paying not a drop of tax, June 10, 2013

シンクタンクCentreForumが2013年に出したレポート「お金は排水口へ:水道産業から消費者を守るために」は上記のような現象を詳しく検証、分析します。このレポートはまたイングランドの水道民営化において公益性を確保するための規制機関オフワットが効果的に機能しているという楽観的な認識を打ち壊すものでした。というのもこの政策提言レポートはオフワットの前会長イアン・バイアット(Sir Ian Byatt)の支援を受けて、民間水道会社の金融活動を痛烈に批判しているからです。

レポートによると株主への利益還元を最大化するための戦術は、国外に資金を逃す構造的な税金逃れのしくみと、意図的に過剰に借入れをしてインフラ整備のために資金拠出ができないというレベルまで負債を膨らませるという戦術で成り立っています。好例が上記のテムズ・ウォーターで、何年も巨額の利益を上げながら、下水施設の近代化の費用は納税者に新規の負担を求めているのです。

民間水道会社の過剰な投機行為は水道利用者に負のドミノ効果をもたらしています。水道料金の値上げは過剰に借り入れた負債の利子の支払いのために必要で規制機関はそれを容認せざるを得ません。民間水道会社にとってオフワットに5年毎の料金値上げの上限(cap)をあげさせるのは容易です。どのようにするかというと、民間水道会社は先5年の資本維持費用を高く申請し、実際にはそのかなりを使わないで、利益に回すということを過去25年間やってきました。結果ロンドンの下水処理施設は今に至って老朽したままです。

CentreForum は水道という市民の生命と健康にとって重要な産業において、また市民に供給者の選択の余地のない独占産業で、市民が過剰な料金を払わされれた上に株主が巨額の利益を持ち去るという状況は社会的に容認することができないと言っています。議会と規制機関が水道産業により厳しい規制を要求するべき時期にきています。

そもそも水道民営化は、経済性と管理が公営より優れているという主張に基づいて導入されます。経済性の恩恵は、投資の拡大、公的資金より高い価値があるとされる民間企業による投資、公営より優れているとされる民間による効率性の向上が説かれます。管理については、規制機関が消費者を過剰料金から守り、政治から独立した規制機関が政治に左右されず長期的な視点で管理を行い、市場による適切な競争が消費者に利益をもたらすと主張されます。民営化大国のフランス、イギリスにおいて、これらの前提がことごとく実現していない実証的な研究が、さまざまな研究機関から発表されていますが、とくにグリニッチ大学(ロンドン)の国際公務労連研究ユニット(PSIRU)は長年にわたってイングランドの完全民営化を包括的に検証してきました7。以下はPSIRU のレポートを中心に様々な論点を見ていきましょう。

水道料金
水道民営化と料金高騰には相関関係がないと主張する機関は多いですが、国際公務労連研究ユニット(PSIRU)によると、フランスでは民営水道は公営水道より料金が16%高いという調査結果があります。民営化による水道料金高騰は全世界的な現象ですが、英国でも同様です。現金ベースで見ると 1989年に平均年間£120 (20800円)だった水道料金負担は2006年には£294(51000円)。17年間で 245%の上昇となっています。民営化後17年間で、他の物価上昇の平均よりも水道料金は39%高くなりました。この上昇傾向は続き2007ー8年の世帯平均料金(水道、下水)は£312(54000円)。インフレ率を差し引いた実質値上げ率は1989年比で42%です。一方で水道運営コストは変わっていません。これは料金高騰の結果が株主の利益に還元されていることを表します。

他の統計ではこの10年間で電気料金は140%増、水道料金は74%増になりました。この時期の世帯の収入増は20%です。またスコットランド、ウエールズ、イングランド間の興味深い比較もあります。2012年1月に規制機関オフワットは向こう5年間の水道料金値上げ率を発表しました。これによるとイングランドの民間会社の平均値上げ率は8.2%で、ウエールズ の非営利水道会社の Glas Cymruは3.8%、公営を保っているスコットランドは値上げなしです。この違いは水道会社の所有形態から来ています。公営のスコットランドは株主への配当圧力がありません。結果2009年からの5年間、価格維持を発表するに至りました。 ウエールズは2001年に民間企業 Hyderがつぶれて協同組合経営になり、2010年9月の料金は前年比で£4安くなりました。テムズ・ウォーターの値上げ率は6.7%、別の民間会社サウザンウォーターは8.2%です。

この値上げ率を理解するもう一つの統計を紹介しましょう。シンガポールの水道公社PUBは世界でもトップクラスの水道サービスを提供することで知られています。そのPUBが最後の水道料金値上げをしたのは2000年。2000年以来、平均世帯収入は31%増加しました。水道料金は据え置きなので、実質料金は低下しており、世帯収入に占める水道料金の割合は1%以下となっています。

水貧困
水道料金をめぐる状況は深刻です。2012年にヨーク大学の研究者がまとめた「イングランドとウェールズにおける水貧困」の研究結果によると、民営化から25年たった現在、英国で23.6%の家庭が家計の3%以上を水道料金に当てる結果になっており、そのうち半分は5%以上を払う結果になっています(2009-2010年の統計)。国連開発計画(UNDP)は水道料金が家計の3%を越えると「支払い困難」だとしていて、この数値は米環境保護庁によると2-2.5%となっています。この「水貧困 (water poverty)」に特に低所得世帯、単独世帯が陥っています。

効率性と生産性
民間は公営よりも効率的であると主張され多くの人がそれを信じていますが、学術機関による2008年の包括的な研究は、「コストと効率性において民間と公営に違いは見つけられない」とし、2004年、2005年の国際通貨基金(IMF)と世界銀行(民営化を推進する国際機関として知られる)の包括的な研究結果も同じ結論に達しています。イギリスの民営化後11年の検証では「最新技術の導入にもかかわらず民間による効率性は民営化以前の公営より低下した」と結論づけられました
水消費者協議会が定期的に行っている消費者満足度の調査の結果によるとテムズ・ウォーターは金額に見合う価値、下水処理サービスの満足で、最下位に近い成績です。一方で ウェールズは2000年に非営利の協同組合形式に転換しDwr Cymruが設立されサービス供給を行っていますが、こちらはほぼすべて)の項目でトップに近い結果となっています。

漏水率
ガーディアン紙の記事によると1980年のイングランドの漏水率の平均は24%、現在の平均は22%(2013年)です。1989年の民営化後、オフワットは漏水率を3分の1にすることを目指していたがまったく実現していません。イングランド4大手の2012年の漏水率は以下の通りです。テムズ・ウォーター26%、セブントレントウォーター 27%, ユナイテッド・ユーティリティー 26%, ヨークシャーウォーター25%. 東京都水道局のが3.3%、大阪市水道局が6%代という値を見てもイングランドの漏水率の高さが分かります。このように民営化の英国の民間企業の漏水率は高水準のままです。

2006年、テムズ・ウォーターとセブントレントウォーター は両社で約345億円(£200m)を漏水率を下げるために投資することを余儀なくされました。

ファイナンシャルタイムズ紙 UK water companies struggle to plug leakage rates November 3, 2013

オフワットが両社の漏水率低下への取り組みの悪さを「許容外」と判断したためです。2004-2005年当時のテムズの漏水率はロンドン地域で40%、それ以外で33%、セブントレントウォーターは26%でした。

近年、漏水率を下げるために更なる水道料金の値上げを要求する民間水道会社とオフワットの間でせめぎあいが起きています。水道利用者が漏水率削減の投資のために今以上の料金を払うのに反対しているからです。2012年、オフワットは21ある民間水道会社のうちの半分は2015年まで漏水率をさげなくてもよいという結果を下しました。2011ー2012年にかけての25年来の干ばつで水不足に悩むなかのでこの決定は批判にさらされました。

民間水道会社のロビーイストは「漏水率を低下させるための投資と消費者の支払い能力のバランスをとらなくてはならない」と最もらしいことを言っていますが、上記したように民間水道会社は年間3500億円(£2 billion)の純利益をあげていて、合計で約2600億円(£1.5bn)を株主配当している(2011-2012年)事実を忘れてはいけません。民間水道会社にとっては漏水率を下げるインセンティブは乏しく、オフワットは「今後気候変動による異常気象でますます水の安定供給が難しくなるなかで、強制されなくても水道会社が長期的視点をもって漏水率を積極的に下げてほしい」とぼやいていますが、ここに機制機関が民間会社を規制する難しさが見て取れます。

投資
民間企業による水道システムへの投資が期待された一方で、世界的に見てそれは実現から程遠い結果になっています。上記したように英国でも水道セクターへの投資は依然として公的資金が使われています。民営化下のフランスでは「公的資金による投資が主で民間による投資は全体のわずか12%」という結果を省庁が2009年に出しました。テムズ・ウォーターの下水処理施設への過小投資だけでなく、漏水率を下げるための適切な投資が行われていないのは上記した通りです。

競争とカルテル
水道民営化は独占的なサービスなので競争による価格低下の恩恵をもたらしません。実際 には契約獲得の際でさえ、民間企業は競争をさける傾向が報告されています。イングランドではいまだかつて競争入札は行われた試しがありません。フランス、スペイン、イタリアと中央ヨーロッパの国々の多くの都市で民営化の最初の契約は競争入札なしで始まっています。フランスに至っては、三大大手(スエズ, ヴェオリア、 SAUR )が談合の疑いで2012年にEUの監査を受けました。今年2014年は民営化から25年で契約終了の年ですが、契約終了するのに25年前に告知しなくていけないという新しい条項のため、契約は半自動的に更新されています。これに対して英国とEUの競争庁が独占禁止を問題視していないのはおかしいなことです。

汚職
民間水道会社による汚職の例はいくらでもありますが、イギリスのセブントレントウォーターの不正行為もその一つです。セブントレントは規制機関に偽りの数字を提出して、料金値上げの許可を得、結果として一年間に約72億円(£42million)を消費者に過剰請求したことが発覚しました。このような不正イングランドの他の会社もおこなっています。

まとめ
機制機関が利用者保護(価格、サービス)や水質管理といった公共性を担保し、企業が競争性を発揮することでイングランドの民営化は成功しているという論調が日本の専門家の間でまことしやかに話されているようですが、現実がそう単純でも楽観でもないことは明きらかです。イングランドの完全民営化は他に見ることのない極端な民営化の形態です。民間水道会社の組織形態と経営が複雑化、金融化、不透明化するなかで、利用者の利益が後回しになるどころか、利用者の負担増で株主が利潤を最大化する構造が作られています。過剰資金借入れやタックスヘイブンを利用した租税回避は社会全体の利益の対極です。異常気象で干ばつ、洪水が頻発する今日的な環境において、長期的な視点での水源管理や投資はますます重要性を増していますが、民間水道会社にこの分野で活躍を期待するのは虚しいばかりです。

官民連携を含み水道民営化は企業と公的機関の責任の範囲をめぐって幅広い形式がありますが、非常に公共性の高い水道のような社会サービスを利益追求の論理の下に置くこと、社会発展、公衆衛生、環境保護、消費者保護などの公共政策が直接及ばなくなる根本的なリスクは同じです。イングランドの水道は完全民営化によって、水道サービスが行き着くところまで行ってしまった例として直視し、大阪の議論の批判的材料にするべきだと私は思います。


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