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いま、イギリス労働党がすごい。入門から一気にコアな議論にご案内 その2

この度の党大会で発表された2つの新しい政策コミットメントがTWTフェスの参加者とメディアの関心を引き付けた。
一つ目は水道、エネルギー、郵便、鉄道の大切な産業の公的なコントロールを取り戻すというもの。これは再国有化とも表現され、2017年の総選挙の際に労働党のマニフェストにも組み込まれた。この政策は国民に大変人気が高く、総選挙の労働党の躍進につながった(保守党が地盤固めのために行った2017年の総選挙が皮肉にも労働党を躍進させたが、政権交代には至らなかった)。
党大会でこの政策を改めて提唱したマクドネル議員のスピーチ[2] は驚きではなかったが、選挙から1年を経てこの政策の詳細が具体化したことが重要である。彼は「過去を顧みる政策だと批判する人がいるが、私たちが提案しているのは全く新しい政策だ。水やエネルギーといった重要な産業の公的な所有によって今までにないレベルで労働者、市民、コミュニティーに経済的な権力を取り戻す新しい挑戦なのだ 。」
水道の再国有化(英国は約30年前に完全に民営化した)の政策が一番進んでいるようだ。現在の9つの民営水道会社を民主的な管理と公的な精査の元にある9つの流域公共水道機構に様変わりさせるための具体的な政策案「透明な水:公的所有の民主的で透明性のある現代的な水道のビジョン」[3] が公開された。

私は過去15年間、水を中心に公共サービスの民主化の研究活動をしてきたので自信をもって言える。もしこのビジョンに従って流域公共水道機構への移行を実現したら、世界でも一番民主的で水道利用者の参画を統治に組み込んだ野心的な公的水道となるだろう。いみじくも1989年に水道完全民営化をしたイギリス(正確にはイングランド)は水道サービスが極度に金融化され、高い水道料金は施設投資に回らず投資家報酬と金融セクターに吸い取られてしまった。この民間水道ビジネスのスキャンダルは次々に報道され保守党議員もかばいきれなくなっている。一方、電力部門はビック6と呼ばれる多国籍企業の独占状態となっている。

2017年のマニフェストが発表されてから、党は党員を超えた多くの研究者、専門家、活動家たちを招待して政策の具体化のための委員会を設置した。上記の報告書はこの委員会が尽力したものだ。党の外から政策アドバイザーを採用し政策立案していくこの実験的な方法が、労働党に新しいエネルギーを呼び込み、現在のラディカルで活気ある政策過程に貢献している。
さらに、マクドネル議員とバーレイ議員は水道や他の重要なサービスの「民主的な公的管理を実現するためのコンサルテーション」[4] を発表した。これは委員会よりもさらに広く、国際的にこの分野の研究者や実践者から知恵と見地を集める作業である。私は英国に住んでもいないし、有権者でもないけれども、私が持てる情報や分析を提供してこの労働党の政策の土台となる知識収集作業に参加できる。これは革新的である。

二つ目の政策発表は私を含め多くの人を驚かせた。マクドネル議員は包括的所有ファンド Inclusive Ownership Fund (IOF)の設立を法制化すると発表した。[5]
IOFとは250人以上の従業員がいる企業で毎年少なくとも1%(最大10%)の株を従業員に帰属するIOFに入れることを義務付けるというもの。つまり企業の株の一部を被雇用者が所有することを意味する。この枠組みによって被雇用者一人につき毎年最高で500ポンドを報酬として受け取ることができる。働く人が作った企業の財産の一部を株主だけでなく広く働く人に還元する再分配の仕組みである。
IOFの恩恵を受けるのは比較的大きな会社の従業員のみで、学生、失業者、退職者、小さな企業や非営利団体の職員や公務員は枠外だ。ロンドンの著名なシンクタンク、ニュー・エコノミックス・ファンデーションが提案する「市民財産ファンド(Citizens' Wealth Fund)」がこの政策の元になったと思われる。市民財産ファンドは国家が設立し、市民が所有する一種の主権国家資産ファンドで、国の財産を国民に分配する提案である。IOFは市民財産ファンドへの最初の一歩と理解することができる。IOFで500ポンドを従業員に還元した上での余剰分は国家ファンドに投入され、その資産は1年で21億ポンドになると労働党は試算している。この資金は公共サービスを充実させるために使うという。IOFは労働党支持者からの支持が高いのは予測できるが、世論調査によると保守党支持者も39%(反対は34%)が支持している。

政治に懐疑的な多くの人は、野党だったら責任なしに何でも言えるし選挙前の人気取り政策に過ぎないと言うに違いない。それは事実だ。だからこそ、TWTフェスのような政局から距離を置いた政策議論のスペースの存在が極めて重要だと思う。この4日間、どのように(投資家や一部の富裕層だけでなく)社会全体が潤う新しい経済を作るか、そのための民主的な公的所有の形とその役割などなど深い議論が行われた。ラディカルなリーダーシップ率いる最大野党の労働党が近い将来国政を担当する大きな可能性が見える今、議論の内容は現実的で具体的であった。TWTフェスは政策議論だけでなく地域の中でモメンタムを広げるための戦略やメディアの活用術、アートエキシビション、映画上映、アート系ワークショップも充実し、10、20、30代の若い参加者が中心的であったことも希望を感じる。

労働党の優先課題や実現可能な政策だけでなく、さらなる未来をにらんだラディカルな議論も多くあった。例えば、金融セクターをどうするか。今年2018年は折しも2008年の経済金融危機から10年の節目である。経済危機を引き起こした金融セクターや銀行の規制を求める世論はかき消されただけでなく、「金融セクターは危機前よりも強固になり権力を握り、その上政府や公的資金でかつてないほどに守られている」と政治経済学者のアン・ペティファーはTWTフェスのパネルディスカッションで言った。金融危機のしりぬぐいとしてイギリスや他のヨーロッパ各国で厳しい緊縮財政(政府が公的な支出を抑えること)が正当化され、社会福祉や教育予算がカットされたのだ。この構造は次の金融危機の危険が指摘される今も変わらない。
労働党は地域の実体経済にお金を貸したり投資する州立銀行の設立を提案しているものの、世界の金融セクターでありその特権的な権力を行使するシティ・オブ・ロンドンをどうするかの議論には踏み込んでいない。かつてエコノミストとしてシティ・オブ・ロンドンで働いたミッシェル・ボバートは「銀行は普通の人々と実体経済のために働いていない。彼らは巨大な多国籍企業、金融セクター、株主のために働いている」と怒りを抑えれない。ボバートによると金融セクターの資金はたった5%が実体経済に流れる他は、金融セクターの投機目的で運用されている。このような不均衡の中では公的な銀行を設立するだけでは不十分だ。さらに「銀行サービスは地域交通と同じように社会に必要な公共サービスであるべき」とした上で「すべての銀行サービスを国の銀行に統一すると言っているのではなく、銀行というシステムそのものが公共サービスとして民主的に統治されるべきで、その中心となるのは実体経済への投資と貸付である」とボバートは言う。至極もっともではないか。絶大な権力で世界を支配する金融セクターに挑戦するのは並大抵のことではない。しかしだからこそタブーを超えたラディカルな視点や提案が必要とされるのだ。そして結局のところ変革は政治の力を持ってしかできないだ。

最後にブレグジット(欧州連合からのイギリス脱退)についてである。TWTフェスがこの分断的なテーマを中心的なテーマから避けたのは十分に理解できる。しかし労働党大会はそうはいかない。党内はブレグジットをめぐって意見が分かれているとは言え、「もし総選挙が近い未来に実現しなければ、第二回目の国民投票の開催も含めてテーブル上のすべての選択肢を検討する」という旨の動議(The Guadian記事[6])を採択した。労働党はあくまでも総選挙の要求を最優先にしているが、第二回目の国民投票(People’s Vote)を求める声が拡大している背景がある。その勢力の中心はEUに留まることを求める若年層であり、労働党の支持層と重なるのだ。

ビジネス界は即座に労働党の社会主義的な経済政策を攻撃した。ビジネス界は今まで謳歌してきた低い税制などの権益は失いたくないのだからまったく驚きはない。私が多少動揺したのはイギリス外の左派勢力が労働党の政策はもっと革新的で国際的であるべきだという批判を聞いたときだ。ここは左派としてはっきりと言いたい。批判するのは容易いが、ラディカルな左派は現在の労働党を応援せずに批判する余裕などあるのだろうか?労働者への富の再分配と経済の民主化を具体的に議論する国政レベルの土壌が世界の他にどこにあるのだろうか? あったとして、それが実際に国政を担うチャンスはどれだけあるのか。新自由主義が深く浸透した現在、現在の労働党は富の格差や貧困に立ち向かう歴史的な機会を創造している。そして富裕層のためではなく普通の多数の人々ための経済はどんな形なのかを模索しているのである。
少なくとも私は歴史的な可能性があるとみている。40代半ばの私は日本ではロストジェネレーションど真ん中だし、ヨーロッパでは福祉国家が衰退していく中で格差が広がり貧困がどんどん身近になっていく過程を生きてきた。そして私の息子たちは市場がすべて決める新自由主義の社会しか知らないのだ。きょうび10代、20代は住宅は普通の労働者が支払える価格であったことも知らないし、富裕層1%になる以外の夢を抱くことも容易ではない。多くのイギリス人と同様に私は、労働者や普通の人々の謙虚な願いを重視する政治を見てみたい。そして希望が国境を越えるため、種をせっせと蒔き続ける。

[2]https://twitter.com/SkyNewsPolitics/status/1044191411179061248/video/1

[3]https://www.labour.org.uk/wp-content/uploads/2018/09/Conference-2018-Water-pamphlet-FINAL.pdf

[4]https://labour.org.uk/wp-content/uploads/2018/09/Democratic-public-ownership-consulation.pdf

[5]https://www.theguardian.com/politics/2018/sep/23/labour-private-sector-employee-ownership-plan-john-mcdonnell

[6]https://www.theguardian.com/politics/2018/sep/23/brexit-corbyn-under-pressure-from-all-sides-over-peoples-vote


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オランダ、アムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。2001年にオランダに移住、現在ベルギー在。新自由主義に対抗する公共政策研究するPublic Alternatives プロジェクト担当。趣味はジョギング、料理、空手のトレーニング(沖縄剛柔流)
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