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映画『CURE』考察※ネタバレ有

1997年に公開された黒沢清監督によるサスペンス映画『CURE』。人の奥底にある深層心理にスポットライトを当てた作品です。そのため、はっきりと言葉に出さずに匂わす演出が多くあります。
特に、ラストの展開は主人公高部も詳しく語らず、カメラも追いません。あのラストの意味するところは?高部と間宮の共通点は……。
言葉にするのは野暮……とも思いますが、どうしてもどこかに書きたくなってしまいました。

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【考察①】間宮は記憶障害ではない

まず、間宮は記憶障害ではありません。「自分が誰だかわからない」と言っていますが、そう言って相手を同情させたり、気を引いたりしているのかもしれません。「服に名前が書いてある」と言われると、名札を破いてポケットに突っ込んで身元を隠そうとするシーンがありました。他にも、忘れているはずなのに電気のスイッチの場所は覚えていたり、「知らない」「知らない」の会話を繰り返した後に突然相手の名前を呼んだり……記憶がないならしないはずの行動をたびたび起こしています。
間宮はあえて記憶障害のふりをしているのです。その理由は、相手を苛立たせたり、親切にさせたり、困惑させたり……初対面の相手には見せないような感情を、相手から引き出させるためなのでしょう。

「誰?」「(名前)です」
「間宮さん、ですか?」「誰が?」「あなたです」
「それよりあんたは?」「(名前)です」
と会話が進まず、行ったり来たりしています。まるで振り子が行ったり来たりするように……。何度も同じ会話を繰り返すことで、催眠状態にかかりやすくしていたのかもしれません。
いずれにせよ間宮は記憶障害などではなく、「記憶障害」を都合よく使っていたようです。

もしくは、何も思い出せないフリをして、高部自らが間宮の心の中に入って来るようにしたのかもしれません。
どういうことかと言うと、間宮は高部を探していたのでは?と考えられるのです。

【考察②】間宮の能力

間宮は、初対面の相手のことを全て言い当てられました。まるで超能力か千里眼の持ち主かのように。しかし、間宮はそんな能力の持ち主ではありません。間宮の能力は無意識から相手の深層心理に入り込むこと。どうやらこの世界は集合的無意識で繋がっているようです。

フロイトの「深層心理学」を説明するために提唱したユングの「集合的無意識」。ちなみに、フロイトも催眠による「治療」の研究もしていました。

この世界ではこの「無意識」はどの人物にもつながっているようです。間宮は「無意識」の中を移動して、人々の深層心理を探る能力を持っていたのではないでしょうか?
無意識の中を移動して、相手の深層心理の中へ。そして、相手の深層心理に「X」を埋め込み、欲望を開放させる……。映画『インセプション』をイメージすると分かりやすいです。

しかし、間宮にはどうしても心の内を探れない相手が居ました。高部です。
どうしても高部の深層心理が読めず、高部の家庭事情も分からないので周りの人からわざわざ聞いています。なぜ高部の心のうちは読めなかったのでしょうか?
それは間宮と高部が似ているからなのかもしれません。

【考察③】間宮は後継者を探している

間宮はいたるところで、自分の痕跡を残しています。あまりにも不自然な行動です。間宮はこうやって手がかりをあえて残しました。そしてこの手がかり追って自分を見つけられる、自分以上の手腕の後継者を探していたのです。この手がかりを理解できるなら、自分と同じような人物だと考えたのかもしれません。
そして、高部に見つけられました。……いえ、高部を見つけました。

高部は優秀な刑事です。現場を見て、犯人がどこにいるのかすぐに言い当てられるほど。そして、尋問すれば相手の心の内をさらけ出せます。一見、ただの優秀な刑事のようですが、実は間宮とやっていることは同じなのではないでしょうか。
高部は「ライターや水等を必要としない間宮」だとしたら……。
高部は間宮以上の「伝道師」です。

本作は元々「伝道師」というタイトルが付けられていたそうです。もし、「伝道師」というタイトルになっていたら……と思いながら本作のオープニングを見てみてください。高部の顔の真横に「伝道師」というタイトルが来ます。まるで高部の自己紹介のようです……。

【考察④】「伝道師」を受け継いだのは、精神病院で。

間宮は高部に「伝道師」を継がせました。しかし、それはラストシーンでのことではありません。もっと中盤、精神病院の間宮の部屋で高部が自分の胸の内をさらけ出したシーン。最後の方で、高部はライターを付けました。しかし、雨漏りの水で消えてしまいます
あのシーンは、高部と間宮の催眠合戦でした。催眠を掛け合い、どちらが勝つか……。ライターの火は消え、部屋の中は水滴の落ちる音だけが響きました。高部は間宮を殴って勝ったように見えますが、催眠では間宮が勝ったようです。

それもそうでしょう。高部は間宮のように潜在意識を行ったり来たりするような訓練はしていません。それにこのシーン以前に、高部は間宮について知るため、手がかりを探し、「間宮の部屋」を調べ……。高部自身も気付かないうちに、間宮に深入りしてしまっていたのです。
佐久間も間宮の部屋にどんどん入っていた末、間宮の深層心理に入り込み、出られなくなる演出がありました。
すべて間宮の手のひらの上だったのかもしれません。この部屋を出てから、遠くにいる妻の深層心理が見えるようになっています。

あれ以降、間宮ではなく高部が周りに催眠をかけるようになります。
例えば、友人の佐久間が自殺するきっかけになった「間宮の深層心理に入り込んだ」出来事。高部は「間宮に会ったのか?」と聞いていましたが、佐久間の記憶には「高部」がいました。

【考察⑤】妻はなぜ死んだのか

ラストシーンに映る妻の遺体。高部が殺害したようにも見えますが、おそらく自殺か別の人による他殺でしょう。それは、以前見た「妻の首つり」のビジョンからも分かります。彼女自身死は望んでいるけれど、高部に殺されたいとは思っていないのです。妻は病院に入院していますし、高部が自分で手を下したとは考えにくいでしょう。
この妻の死は高部の暗示によるものです。自殺でなければ、他の人……例えばそう担当医にさせたのかもしれません。他殺でも可能そうですが、私はこれは自殺だと考えています。
佐久間も自殺でしたが、自分で自分に「X」を入れていたからです。奇妙だけれど自殺だ、と警察も結論を出していました。同じように妻も自殺したのでしょう。

高部が妻を入院させる決断をする前、高部は間宮と対峙していました。そう、入院の決断は「伝道師」を受け継いだ直後のことだったのです。

高部が妻と荷物を持ってバスに乗っているシーンに違和感はありませんでしたか?バスの中は静かで揺れている様子はありません。外はまるで空のように雲が近いです。とても現実とは思えません。そしてその会話。
「今から行くところは沖縄じゃないよ」の後、じゃあどこだと言ったのでしょう?「あの世」でしょうか。だから、妻は先に旅立ったのかもしれません。妻の中の「あの世」のイメージは美味しい物があって海が綺麗、そんな場所なのでしょう。
では、このバスの正体は何なのか?これは無意識の中を移動していることを暗喩しているように見えます。

【考察⑥】バスに乗ってやってきたところ

バスは無意識を移動しているメタファーのようです。ラスト、間宮と対峙する直前にもバスに乗っています。無意識を移動して、どこへ向かったのか?
着いた先は、謎の施設です。ここは「間宮の心の中」。そしてこの施設は、劇中に出てくる本『邪教』に出てくる「伯楽陶二朗」のようです。おそらくこの人物が、人を「伝道師」にするトリガーのようなものなのでしょう。
佐久間が間宮の部屋で本を読んでいると、いつの間にかたどり着いた先もこの謎の施設でした。
自分が他人にやっているように、高部も無意識を移動しここへやって来た。だから間宮は笑ったのです。
そして高部は「伝道師の声」を聞く。こうして高部はついに「伝道師」として完成しました。すべては間宮ではなく、「伯楽陶二朗」の手中だったのかも……。

【考察⑦】ウェイトレス

最後の最後、ウェイトレスが変な行動を取って本作の幕は閉じます。真っ直ぐにナイフを握って歩いていました。ナイフを移動させる時の持ち方ではなく、人を刺すために持ち方です。このウェイトレスもまた、高部に催眠術を掛けられたのでしょう。
ではいつ?高部のたばこ?火?しかし催眠術をかけた様子はありません。高部は催眠術を使う必要がなさそうです。バスに乗って相手の心の中に入る、それだけで良いのですから。そして多くの人を開放して、「治療」する。
まずはこのウェイトレスが解放され、自分に「X」と書き込むようです……。

まとめ

映画『インセプション』を念頭に置いて考えると以上のような考察になってしまいました。
今回このような感じで考察しましたが、まだまだ考察できていない、分からないシーンが沢山あります。
どのシーンにもさりげなく、でも意味の分からない印象的な部分があるのです。
佐久間がボールを拾って、どこに渡すこともできず遠くに投げるシーン
高部が窓ガラスを拭いてできたマークの意味……。
考察する隙のある名サスペンス映画です。

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