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「自己紹介」

はじめまして、さとこ。です。
40代半ば、息子は中3と小6。
交際4年半と経て結婚。共に人生を走って20年近くになる夫との四人暮らしです。

3年前。
胸の支え、息苦しさ、不眠を感じメンタルクリニックを受信。気分変調症の診断を受け、そのままカウンセリングもスタート。
生まれて初めてのカウンセラーさんとのサシでの会話を通して気がついた事を、Twitterに残しています。(現在進行中)

カウンセリングが進むにつれ、Twitterにてカウンセラーさんとの会話の内容のメモ。そして、そこから得たヒント。それを詳細に書き残すようになっていきました。

そして段々と、

(たくさん泣いて、その後、時間もお金もかけてこのカウンセリングを受けてるんだ。これを自分の経験だけで留めておくのは勿体ない!!
このツイートから、何かを共有したい!)

という欲が生まれ、このnote界にひっそりと自分の場所を作る事となりました。

さて。
この気分変調症(この病気については後ほど書きますね)の原因はまさに「親」である、と、担当医はハッキリ言いました。
だから、カウンセリングが必要となったんですね。

病気の原因、引き金となってしまう程の親なんているのでしょうか?
どんな親なのでしょう?

残念ながら、います。
勿論、親自身が(子供を病気にしてやろう)と思っている訳ではありません。

育児の上で、

良かれと思って。
それが自分の正義で、自分はそうして生きてきた。
自分の問題があったにも関わらずそれに気がつけなかった。
気がついていても変わることが出来なかった。仕方なく。

と、こんな在り方で生きてきた人達なのです。

そして、それが子供にとって「毒」となった時、彼らはこう呼ばれます。

「毒親」

と。
以前は、この「毒親」という言葉が嫌いでした。
「だって、親だって色々あったんだから」
親の自分に対する対応が間違いであったとしても仕方なかったんだ」
親を十把一絡げに毒親、だなんて」と、思っていたのです。

でも、現実は。
自分は苦しんだ。
自分の心は傷ついた。
自分は親の言うことに、共感出来ない。

「親が毒であるかを決めるのは、チェックリストでも他人でもない。
あなたが親を毒だと思うなら、毒親認定してもいいんですよ」

ご自身も毒親サバイバーである木村裕子さんが動画内で仰っていたこの言葉で、自分は「毒親」という言葉を使う事を決めたんです。

はい。
私の母も、毒親でした。
そして私もまた、毒親サバイバーになるべく、今もがいている1人です。

先程、毒親と呼ぶことを拒否していた時の言葉は、全て「親だって、親は」でしたよね。

でも、本音の言葉は、「自分は、自分が」なんです。



自分の本当の気持ちと、行動がチグハグですよね?

「本当はこうしたいのに、こうしないと怒られる。」

と、考えてしまう。


自分の心のままに動こうとすると、

「お母さん、そういうの嫌いよ」

子供の頃何度となく聞いたり母親の声が、脳内で再生されるんです。今はもう、離れて暮らしているというのに。
彼女は傍に居ないというのに。

その声は、一体なんでしょう?

その言葉は、間違いなく毒親から発せられた、毒親の価値観による言葉です。

ここでお伝えしたいのは、その価値観が合ってる、間違ってるでは無いんです。

問題なのは母親の価値観に、子供が操作されて動いてしまうこと。

子供が自分の意思と正反対に、コントロールされた状態で、人生を生きてしまうこと。

ここなんだと、思います。

自分の意思と行動を、一致していく回数を増やしていく。(この方法についても、後ほど書いていきたいと思います)

これを残りの人生で積み重ねることが出来でき私は、私は自分を、"毒親サバイバー" と呼ぶことができると思います。

よく考えてみると、今の30代、40代の親は団塊の世代。

彼らの親は、戦中・戦後というサバイバル状態、過緊張状態の中で幼少を過ごして来た世代でした。

生き抜くこと> 感情的なやり取り

こんな価値観を持った親に、育てられてきた子供。
その子供から育てられた、我々。

もし毒親が生きづらさを感じていたとしたら、彼らもまた、親から毒を染み込ませられて生きてきた人達なんですよね。

虐待は連鎖する
毒は連鎖する

という事は、こういう事なのでしょう。

では、私達の世代は、どうしますか?
私達は、どうして行きましょうか?

この毒親の鎖を、引き継ぎますか?

「だって今更、仕方ないよ」
「親だって、仕方なかったんだよ」
と言って。

私はそれが嫌で、今カウンセリングや他の発信者さんの言葉を自分の腑に(お腹)に落として、自分の言葉で発信する事で、自分のやり方で乗り越えようとしています。

私も未だ、道半ばです。
でも、自分のやり方で毒親からの連鎖をぶっちぎって捨てます。

そんな道半ばの人間のやり方が、誰か1人でも、2人でもいい、同じ苦しみを抱えて生きていて、もう疲れた、頑張れない…という人の道を繋げられたら、こんなに嬉しい事はありません。

今日はここまで。
読んでいただき、ありがとうございました。


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