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「この世界の片隅に」を見に行ってください。

「戦争映画」というものは教育上良かったりすることもあって、僕らは子どもの頃から色々な作品を見て(見せられて)きているわけですね。パッと思いつく戦争映画で「火垂るの墓」を考えてみても、確かに良い映画なのですが「かわいそう」「泣ける」という印象が先走ってしまう感が否めません。主人公か主人公の身近な人が悲劇的に死んで、戦争の辛さを描いて・・・。戦争映画というものは多かれ少なかれ、そういう流れをとるものです。

先に言いますが、「この世界の片隅に」は笑える戦争映画です。

上映中は何度も劇場全体に笑いが起こりましたが、これは主人公である「北條すず」のキャラクターの為せるワザです。のん(能年玲奈)演じるすずは絵を描くことが好きでボーっとしていることの多い、おっちょこちょいな女の子。その少女が広島・呉に嫁いで新しい生活を始める所から、この映画は始まります。

呉と言えば、空襲により大きな被害を受けた場所。しかし原爆については広島市から離れているために、キノコ雲を遠くから見る程度にとどまっている。そうした町で生きるすずは、戦争の歩み寄る足音を感じつつもその天性のキャラクターで「普通の世界」を生きようとするのです。だからこそ辛い日々の中にささやかな笑いが起き、すずがいることで北條家(すずの嫁いだ先の家)にも笑顔が溢れていく。ある意味、「この世界の片隅に」は戦争という大きな物語の中で「私」を生きようとする少女を描いた作品だと言えると思います。

何より「のん(能年玲奈)」の演技は圧巻です。

恐らく「声優」という観点で聞けば上手な方ではないのだと思いますが、その経験の差を埋める彼女の表現力。驚くほど自然な方言も相まってすずに魂が吹き込まれているからこそ、彼女の言葉の一つ一つが胸に刺さる。能年玲奈という名前を奪われた「のん」が世界の片隅で輝くすずと重なり、更にキャラクターが生き生きとしていました。

しかし、ある事件を発端にすずの中で何かが変わる。

詳しくはこれから映画を観る方のために書きませんが、戦争という現実の中でも節約をしながら自分のペースで生きるよう「努めて」きたすずが、戦争の事実を実感し自分に出来ることは何かと自問自答をし始める事件があります。すずはその後、小さな命でも守りたい、家を守る側の者として出来ることは何としてもしたい、と考えるようになります。だからこそ広島に落ちた原爆のキノコ雲や突然訪れた玉音放送が、すずにとってはどうしようもなく歯がゆいものとなって心を傷めつける。

その一つのキーとなるのが、すずの描く「絵」。

すずが描く絵は人を暖かい気持ちにさせ、すず自身もキャンバスのように世界を感じています。すずは海の波に「ウサギ」を見ており、戦闘機同士の巻き起こす爆炎すら絵の具の色を重ねて見てしまう。これが作中ではうまく現実とすずの空想を交差させ、観る者をすずの心象風景へと誘うのです。この表現はアニメ映画だからこそ出来るものだと感じました。そして例の事件のあと、色々な理由ですずは絵を描かなくなってしまうのですが、このことによって鮮やかだった風景が戦争の雰囲気そのものに変わっていきます。

正直、また観たいと思える戦争映画はこれが初めてでした。

それは本作が戦争の厳しさや「二度と起こしてはならない」という教訓を投げかけているのではなく、こうした時代の中でまさに「世界の片隅で」輝く一人の人間を描いた物語だからだと思っています。映画館を出たあとは世界が美しく見え、世界の片隅で生きる人々が輝いて見える、そういう作品でした。

ここまで書いて全く自分の抱いた感動の10分の1も伝えられている気がしていませんが、僕の中ではもう今年ナンバーワンが決定したのでこれ以上何も言いません。

とにかく「この世界の片隅に」を見に行ってください。



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