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車椅子ユーザーの青年から新宿2丁目に同行して欲しいと言われた介護福祉士のワイ。



『新宿二丁目に行きたいのですが、そういう依頼も大丈夫ですか?』


僕がStartline. netを立ち上げて、NPO法人化をしてすぐの頃、一件のメールが届いた。
新宿二丁目に行きたい、車椅子ユーザーだから介助が必要、そして初めての人に話しかけるのが苦手だから、同行して欲しいとのことだった。

日程を調整して準備を進める。よく新宿二丁目に行く友人におすすめのお店を聞き、事前にお店のバリアフリーを確かめに歩いてみたりもした。
実は僕も、この日初めて新宿2丁目訪れた。お酒も得意では無いしゲイバーやレズビアンバーに僕がいっていいものなのか、お酒を飲まずとも許してくれるのだろうか、そんな不安から積極的に足は向かなかった。

しかしその不安は現地ですぐに解消された。
一つのお店では「あんた本当に成人してるの?」と聞かれたところから話が始まり、お店の人がチャージやグラス交換制の説明をしてくれる。
ソフトドリンクでもいいお店と、喜ばれないお店があること、一見さんはお断りのお店があること、セクシュアリティに括りのあるお店があること、店員さんの分のお酒代を出すのもいいということを教わった。初めて触れる大人の世界にドキドキしたし、敷居が高くいつも通り過ぎるだけだった街が少し身近に感じた。

そして依頼当日、新宿三丁目駅の改札の前に車椅子に乗った青年がスマホを片手にキョロキョロと辺りを見回していた。

「Aさんですか?」

僕が話しかけると「あっ、」と笑顔になってペコペコと会釈を繰り返す。わかる、そうなるよね初対面の人に。僕も同じだから、お互いにペコペコして「あー、どうも」「はじめましてー」のキャッチボールを数ターン。
それからエレベーターに乗って地上に出ると、初めて見る新宿の街並みに感動していた。

『僕の住んでるところ、こんな高いビルないんで。』と言いながら都心では割と低めのビルを写真に納めていた。都庁とかみたらびっくりするんだろうな。僕もそうだったから。

二丁目にお目当ての店はないという。ただ、自分のセクシュアリティを隠すことなく話ができるリアルな場所にコミットしてみたいと彼は話した。

『在宅でヘルパーさん入ってくれてるんですけど、その人には言えないし、もちろん親にも。今日は東京の友達に会いに行くと伝えてます。』
『自分が事故で怪我したときですら、親がすごく精神的に崩れちゃって。その上ゲイだなんて言ったらどうなることか。』

数年前、まだ今のようにLGBTという言葉が浸透してない頃。ゲイといえば派手なメイクでバラエティに出る「オカマ」という認識が優位だった頃の話だ。加えて田舎町に住む彼は、本当の意味での居場所が、まだ見つかっていないのだと言った。

「とりあえず、行きましょう!」

と、先日いろいろ教えてくれた店に、あたかも常連のごとく誘導した。僕も2回目なのに。

お店ではカウンターの向こうにバーテンさん、お店のフロアにはドラァグクイーンと呼ばれる人がいて、お客さんを盛り上げていた。
人見知りだという彼を心配して先にお店に入ろうとしたら、さっき駅で会ったときとは全く別人のように『2人なんですけどいいですか?』と店員さんに普通に話している。いや人見知りどうした。
僕なんて前回「あ、あのー…1人なんですけど。お酒とか飲めなくてもいいですか?あ、あっ、はい…」しかいえなかったのに。


店に入ったあとも、彼は感動しっぱなしだった。
初めて会うドラァグクイーン、店内に並ぶイベント情報のチラシ、置かれているコンドーム、楽しそうにお酒を飲むゲイカップル。

『すごい、ネットで見てた光景が広がってます!』
『いろんなイベントあるんだ、すごいな〜、』
『やっぱ東京はすごいな…。』

東京はすごい。その言葉が少し苦しかった。どこに住んでいても、自分が安心できる場所が担保さればいいのに。東京に出なきゃ、自分のセクシュアリティをオープンにできないなんて、寂しいと思った。

その後、彼とお店の人といろんな話をした。事故にあった時のこと、自分がゲイだと気づいた時のこと、オネェタレントが出ている時の親の反応、腫れ物に触るように接してくる周囲のこと。自虐的な言葉を交えながら、笑いながら。話の最後には『まぁ、もうどうでもいいんですけどね。』と言った。

それを聞いていたドラァグクイーンさんは、ま、これは私の価値観だけどね、と前置きをしたあと、
「どうでもいいのよ、人生の大半は、割とどうでもいいことで埋め尽くされてるの。だからその中にあるどうでも良くないことだけ、大切にしたらいいのよ。それが何かは人それぞれだけどね。私なんてお酒飲むことくらいしか楽しみがないけどね、それでもお酒飲んで、こうやって楽しく話して、それができれば人生儲けもんだわって思うの。だからお酒飲む時間と肝臓だけは死守してるわ。」と笑いながら話してくれた。

どうでも良くないことだけ、大切にすればいい。

それは、彼の心だけじゃなく、僕の心にもでっけぇ槍のようにブッ刺さった。
誰からも嫌われたくなくて、全人類から嫌われないように振る舞っていた僕の心のど真ん中に、ブッ刺さった。

それから彼は少しずつ心のうちを話してくれた。その玉を時に真剣に、時にオネェ対応で打ち返してくれるドラァグクイーンさんに、彼は心底感動していた。

気づけは彼が家に帰る時間になった。彼が帰りたくないと言った時、僕は(でも泊まれるホテルないしな)と思ってしまったのに、ドラァグクイーンさんは
「じゃあ東京に泊まっちゃいなさいよ、その辺のホテルでも、誰か手を貸してくれるわよ多分」と言っていた。僕なんかより、ずっと心にバリアがない。

東京じゃなければ、セクシュアリティをオープンにできない。
車椅子ユーザーだと、泊まれるホテルがない。

現実を突きつけられて、それが全てなんだと心が折れてしまうこともあるけれど、
自分にとってどうでも良くないことを諦めてしまうのは、まだ早いんだろうなって思った。


昨年末。彼から「パートナーができました。」と報告を受けた。親へのカミングアウトを決心したけど、うまくいかなかったみたいだ。しかし、諦めずに話していくと言っていた。

『思い切って東京行ったのも、人生どうにかしたかったんだろうなって、今は思います。佐藤さんのような介護士さんがいて、よかったです。』

この言葉は、コロナ禍で荒んでいた僕の心に、ブッ刺さった。


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