読書ノート 27 ポケモン読者よ信ずるなかれ

新規な構成のミステリー小説
 大部分のミステリ小説は、鋭い推理力を持った私立探偵や捜査力を持った警察官(または保安官)によって、犯行が解き明かされ、犯人が特定される。読者は一時ミステリの密林で道に迷うが、最後はジャングルを脱することができる。だから安心して著者に信頼を託す。
 ところがである。この作品に関しては著者と読者の信頼関係は成り立たない。題名にあるように著者は「読者よ信じるなかれ」と注意を呼び掛けている。期待と不安が同居するアンビバレントな前置きだ。

舞台は会員制狩猟クラブ
 50年前に発足した会員制の狩猟クラブ、その名は「ウェスト・ハート」。
人里離れた広大な大自然のなかにある。添えられたイラスト風の地図によれば、ほぼ敷地の真ん中に湖があり、その周辺に会員の邸宅が間隔を空けて並ぶ。湖とウェスト川の間にクラブハウス、テニスコート、遊び場があり、後背地に狩猟地がある。狩猟の対象は主に鹿、ごくまれに熊も見かける。
 会員はガーモンド家、マイアー家、ブレイク家、タルボット家、カドウェル家の5家族で、それぞれ家族とともに暮らす。ガーモンド家はジョン、ジェーン夫妻と息子のラムジーの3人家族で、ジョンはクラブの代表者を引き受けている。ダイアー家はダンカン、クローディア夫妻と息子のオットーの3人家族。ブレイク家は主人のドクター・ロジャー、妻のメレディス、息子のジェームズ、娘のエマの4人家族。ロジャーは父親のセオドア(故人)も医師であり、病気や健康面で会員からの信頼が厚い。タルボット家のレジナルドはクラブの経理を担当する。ジェーン・ガーモンドの兄でもある。カドウェル家は妻は故人となり、夫のアレックスは寡夫である。
 会員外ではクラブの会員候補としてジョナサン・ゴールドが入会を申請しており、審査中である。またフレッド・フレットがクラブの管理人を務める。
 この面々に私立探偵のアダム・マカニスが加わる。マカニスはブレーク・ジェームスと大学が同期だった縁で、クラブへの招きを受けてやってきた。
が、それは表向きで、実は会長のジョン・ガーモンドから内密に調査の依頼を受けてのことだったのである。

複雑な人間模様、3つの殺人事件
 クラブには外部からでは覗い知れない人間模様が見え隠れしていた。
 一つは満50歳になったクラブにはかっての勢いが衰え、資産価値が下がらないうちに、会員権を売却したいという動きが現れていること。しかも会員間では相互に相談することなしに。こうした秘密主義に付け込んで外部の不動産業者が会員権取得の挙に出ても不思議ではないこと。
 二つ目は表向きの紳士淑女が、実は日ごろの倦怠を不倫・不貞の蜜に捌け口を求め、円満を装っていたこと。寝取り・寝取られが常態化していたのだ。子供には気づかれないように(子供は口を閉ざしていたがうすうす感づいていたようだ)。
 三つ目は狩猟のときに起きた誤射事件である。撃った方も打たれた方も誤射であることは認めているのだが、後味の悪い事件ではあった。
 こうした内部事情を抱えたクラブに殺人事件が立て続けに3件起きる。
 一つ目はダイアー家の妻コーデリアの死である。湖の湖岸桟橋に死体が流れ着いたのだ。前夜は自宅にいたので、翌朝当人が見つかったときはもう手遅れ。コーデリアは鬱病を永く患い、子育てにも身が入らなかったという。
自殺との見方が支配的である。
 二つ目はクラブ会長ジョン・ガーモントの死である。ジョンの死はクラブが大嵐に襲われ、外歩きは一切できない夜に起きた。場所はクラブハウス前の広場、崖に向かった縁だったので死体の発見が遅れた。しかも驚くべきことに頭部の後方・小脳を打たれている。帰り血で真っ赤に染まるはづの衣服が、出血が最小限に留まったせいで、汚れていない。殺人の周到さを覗わせる。
 そして三つ目。アダム・マカニスの死である。ジョンの死体は腐敗の進行を遅らせるために、厨房の地下1階にある冷凍室に保管されたが、マカニスの死体も同じフロアーで見つかった。医師(ドクター・ロジャー)の検死によれば毒物の飲用という(多分間違って飲んでしまったのだろう)。これが真実とすれば、マカニスも計画的に殺害されたことになる。
 読者は事件の解明の頼みにしたマカニスが死んだことにより、事件現場に取り残された感が強い。あとは警察による捜索を待つしかない。とまれ作品はここで終止符を打つ。事件の解明は読者個々人に残された。本作品がミステリー小説としては異彩を放つ所以である。

作品の新規性
 作者は新しい仕掛けを考案している。
 読者には手掛かりとしてマカニスが集めた資料をそっくり提供している。
クラブの会員と家族、関係者に一人ひとり面談を求め、事件に関わる所感、
会員間の信頼や疑惑などを聴きだす地味な仕事だ。調べは詳細を極める。その手法もインタビュー、演劇(二幕の舞台)、アンケート、クイズと駆使する。インタビューと演劇では回答者と出演者は神への宣誓は問われていない(虚偽の回答や台詞にも罪は問われない、警察や保安官の取り調べとは異なる点である)。
 また事件のメインストリームの間に、ミステリーの古典から現在までの作品をコンパクトにまとめた読み物が挿入される。ミステリー通には要らないかもしれないが、初心者にはありがたいサービスである。こうして息抜きをしながらストーリーを追う楽しみがある。テレビ業界出身の著者らしい発想と仕上がりに拍手を送りたい。

データ:作者はダン・マクドーマン。TVプロデューサー。新聞記者、家具職人、作家。本書で作家デビュー。コロンビア大学で歴史学の学位取得。
日本語訳の訳者は田村義進。出版は早川書房。2024年4月、374ページ。
市立図書館新刊書案内で出会う。


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