読書ノート 23 終わりなき夜に少女は


「われら闇に天を見る」の著者が放った事実上のデビュー作
 米国ミステリー界に彗星のように現れたクリス・ウィテカー。今も「われら闇に天を見る」が放つ光芒は衰えることがない。成層圏を超える遥かな宇宙から見える青い地球のように。
 本作品はその著者の事実上のデビュー作で、米国アラバマ州の田舎町を舞台に、沈滞した大人社会とそれを打破しようとする少女たちを対比した物語である。

不穏な雰囲気を醸すアラバマ州の架空の町
 舞台はアラバマ州ブライア郡グレイス。時は1995年。グレイスも郡部の沈滞する町の例に漏れず、大人が稼げる仕事が次第に減り、人口の流出が続く。こんな町に張り付いているのが墨染めのような黒雲。ときに大雨をぶちまけ、ときに雷鳴を轟かす。まるで街を呪うように。
 信心深い住民はこれを神の思し召しと受け容れ、もっぱら神への祈りを教会で捧げ、殻に閉じこもる。この地に根を下ろす聖公会の長老がこれを束ねる。福音書派が支配的で、極端ではないが保守色は歴然としている。白人至上主義、女性の純血重視ともなじみがよい。
 こんなグレイスの町に、最近15歳に満たない少女が連続5人誘拐され、一人としてその行方が分からない。少女たちは「ブライアー・ガールズ」と呼ばれ、郡警察、家族、友人、知人が懸命に探しているが、依然として未解決のままだ。まるで森の人に攫われてしまったように。

双子の姉妹、サマー・ライアンとレイン・ライアン
 こんな騒ぎのなか、15歳の少女サマー・ライアンが行方不明となった。当初は友達の家にでも寝泊りしているのだろうと楽観していたが、心当たりの友人に問い合わせても空振り。もしやと事態の深刻さに気付いてからは、警察も家族も慌てれるばかりで、手掛かりなし。家族のなかでも妹のレインは姉への格別な想いがある。姉のいない世界があり得ないのだ。そこで思い立ったのが独自の行動。
 探索に協力を呼び掛けたのは2人の少年、ノアとパーヴァス。3人は探索の対象範囲を割り出し、時間を打ち合わせては出かける。対象地域の中には狭い幅の直線状の林があり、その中に細流や湿地や戦中に造られた避難施設などが散在する。中学生には十分に危険な密林なのだ。しかしサマーを見つけるまでは止めない。決意は堅い。
 街中では、「ブライアー・ガールズ」事件が起きてから、森には「鳥男」がいるという噂が後を絶たない。森の人=「鳥男」が図式化されている。レインたちの頭の中にもこの図式はあった。はたして「鳥男」はいるのか?
 ある日、3人は林の樹間に見え隠れする巨大な動くものに出会う。その巨像はレアかダチョウのような羽根をまとい、背丈が大人をはるかに越える姿を現す。言葉は通じるようだ。もう中学生の力が及ばないことを悟った3人は街に引き返し、警察と消防に出動を訴えた。
 激しい銃撃戦の結果、「鳥男」は仕留められた。姉のサマーが一時的に「鳥男」によって幽閉されていたことまでは聞き取ったが、姉の姿は見つからなかった。姉の行方はいずこに?

15歳の少女の遍歴
 この物語の見どころの一つは、サマーとレインに起きた変化である。10代半ばの少女は女への脱皮に差し掛かる。サマーは淑やかでお利口さん、レインは無邪気でお転婆さん。好対照である。サマーは女に目覚め、お利口さんが賢さへと変貌する。蛹から蝶に脱皮するかのように、羽ばたく自由を得る。聖公会から派遣された20代半ばの牧師補との出会いが変化を促す。男を体で知り、頭でも識るに至って才色兼備の女になる。眩しいばかりの光を装って。一方のレインは2人の少年たちとの冒険で彼らの影響を受け変化する。こちらは幼鳥が成鳥になるように、自信と賢さを身に着ける。無茶ぶりが目立った少女が角のとれた大人へと変わったのである。大人への仲間入りを果たしたのだ。
 サマーの選択が注目される。牧師補との密会を重ねるなか、無神論も話題になり、選択肢に挙がる。しかしサマーの選択は落ち着いてもので、神への感謝、神の信仰は揺るがないと応える。自分には神への道がもっとも安らぐと応えるのだ。この地に根を下ろした聖公会の伝統が幼いころから身についているようだ。まるで幼子が親そっくりの規範をインプリントされるように。こと宗教に関しては、宗派を問わないのかもしれない。
 
不穏さが消え去ったグレイスの町
 厚い鉛色の雲もいつしかグレイスの町から去った。抜けるような青空を仰ぎ見ながら、星屑が撒き散らされたような夜空を見上げながら、少女たちと少年たちに平穏な日常が戻ってきた。視界を遮っていたブランケットのような雲が切れて、光が満ち溢れる。街の住民たちに安らぎと祈りの日々が戻ってきた。次の世代を受け継ぐべき、少年、少女が逞しい姿を現す。
 現世代と次世代の住民たちに神の祝福あれ。

データ:作者はクリス・ウィタカー。日本語版の訳者は鈴木恵。出版は2024年5月、早川書房から。450ページ。
 
 

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