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推しエッセイ 1年と少し前の推しを思う

推しは1年前まで長野でサラリーマンをしていた。その後、夢を諦めきれずに会社を辞め、世間からほとんど隔離された環境で約半年間のオーディションを受け、得票数だけを通じてものすごい数の人間に応援されている事実を知ることになる。ファンの顔を見て実感するころにはとっくに大人気アイドルだ。たった1年間でここまで人生が変わることなんてそうそうない。

無名の段階から少しずつ人気をつけていき、長い下積み期間を経てようやくデビューを勝ち取る、というアイドルのストーリーが私は好きだ。そういうストーリーしか好きになれないと思っていた私に、まったく違う物語を見せてくれたのが推しだった。推しは1年前、写真と名前が公開された瞬間からものすごい勢いで視聴者の興味を集めた。一瞬だった。
1年前よりも前のことは知らない。会社員だったときの推しがどんなふうに夢を諦めかけて、どんなふうに夢にしがみついたのか、私はまったく知らない。もちろん今のことだってたいして知らないけど、少なくとも顔と名前は知っていると言える。1年と少し前の推しが夢を諦めていたら、顔も名前も知らないままだったのだ。アイドルとオタクの関係性なんて、それくらい偶発的で脆くて、まぐれみたいなものだ。
まぐれみたいなものだから、そこに奇跡の積み重なりを見出してしまうのだろうか。出会えてよかったと強く思わされるのはそのせいなのだろうか。

たった1年間でここまで人生が変わることなんてそうそうない。でも、そのまぐれみたいな奇跡みたいなことが、推しの身には確かに起きた。
推しが夢を叶える瞬間を目撃してしまった私たちは、1年と少し前の推しに、まだ私たちと出会う前のその人にずっと感謝している。

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