7月2日

一ヶ月前、母がいなくなった。
二年前、母は自分のクレジットカードの支払いもできず、僕の奨学金を使い込み、僕のクレジットカードを上限額まで使ってスマホゲームに課金した。それに気付いて叱った少し後、闇金に手を出してまたスマホゲームに課金していた。
母は精神疾患を持っている。それは知っていたが、病名とか詳しいことは知らなかった。もうずっと前から仕事はしていない。家事は出来るし、会話も通じていた。
病院の治療が悪いのかと思い、他の病院に変え一緒に通った。スマートフォンを取り上げ、家計の一切を僕が管理することにした。
母は幾度となく無反省な行動を繰り返す。
そのうち病院は母と妹の二人か、母一人で通うようになった。
しばらくしてまた大きい喧嘩になった。母は「病気を良くする気はない」とまで言った。
僕はやらなければいけないこと全てのやる気を失い、大学を休んだ。少し前に始めた人生初のアルバイトも辞めてしまった。元からめんどくさがりで無気力で好きなこと以外何もしない人間だったから、戻るのはすぐだった。
それから、トラブルになる度たいてい無言を貫く妹に対して「なんでもいいから参加してくれ。母と俺ではろくに話が出来ずヒートアップするだけだ。」「言葉にしなきゃ伝わらない。」と伝えた。それでもあまり参加してくれなかったから、何か起きる度に同じことを言った。
通じない会話に、僕が間違っているのか母が間違っているのか判断してくれる人が欲しかった。あるいは、同調してくれる人が欲しかった。このストレスを抱えているのは自分だけだと思っていた。

母は病院には通い続けていた。
医師の意見もあって母に再びスマートフォンを渡し、家計の管理も母に戻った。
それから数ヶ月、母はまた問題を起こした。起こしていたことに気付けなかった。
再び母と喧嘩になった。
それから数日後、母がいなくなった。

母は今も一時的な保護施設で生活している。
家には僕と妹と犬だけになってしまったが、生活はできていた。
毎日ドラマを観ながら笑い合っていた。
ただ、家事は妹に任せすぎたかもしれない。言ってくれればもっとやったのに。

二週間前、妹がいなくなった。
メールに返信がない。電話にも出ない。
いつも帰宅する時間から二時間経った頃、警察や学校に電話した。
制服を着て家を出た妹は学校には行っていなかった。
朝、家を出る妹に向かって吠える犬の声で一瞬起きた僕は、いつもと同じように行ってらっしゃいと言えなかった。風邪を引いていて声が出なかったから、手を上げた。妹も普通に返していたと思う。
深夜、行方不明届を出した。
それまで敢えて連絡していなかった母にも連絡した。
妹には何度かけても電話は繋がらなかった。
妹が使っていたSwitchのフレンド欄から、妹の鍵垢と繋がっている友人を見つけ捜査に協力してもらった。
翌日か翌々日、妹のスマートフォンが隣県にあることが分かった。
捜索は進まなかった。

いなくなってから八日経って、妹は遺体で見つかった。
隣県の河川敷で、女性と二人並んで死んでいるのが発見された。
その人が遺書を書いていたのに対して、妹には何もなくて、僕や母に最後の一言すら残さなかった。
自傷行為やオーバードーズなんかもしたことがなかった。死にたいなんて言ってるのを聞いたこともなかった。
今更観始めたストレンジャー・シングスもシーズン3最終話の一つ前だった。帰ってきたら一緒に観るつもりだった。
だから、妹はちょっと家出するつもりで遊びに行って、その人に無理やり死なされたんじゃないかと思っていた。

昨日、妹の顔を見に行った。
死後約二週間経ったその顔を生涯忘れないようにしようと思って凝視した。
でも、いま頭に浮かぶそれが本当に自分の見た妹の顔なのか、もう既に分からない。

今日、司法解剖が終わった。
死因は現場の状況を聞いたときに浮かんだものの通りで、特に不自然な点はなかったそうだ。
これで捜査は全て終わりなのか、と聞いた。一緒に亡くなっていた女性との関係性等を含め、まだ捜査は継続する。そちらからも何か分かったことがあれば警察にも報告してほしい、と言われた。
もう一人の女性のアカウントを特定できないか、という思いで、妹の鍵垢と繋がっていた人にダイレクトメッセージを送った。
妹のフォロー/フォロワー一覧を見せてほしい、また何か変わったツイートはなかったか、と尋ねた。
妹は家からいなくなった後、死ぬ直前、自ら死を選ぶことをツイートしていた。すでに行方不明届を出している時間だった。
本当は次の日の昼まで行方不明届は出さず都内のみで捜索してもらうつもりだったが、警察の助言があって深夜に出した。いなくなってすぐにそうしていれば間に合ったかもしれない。
警察に報告すると、妹の学校の友人からもLINEのプロフィール文が死を仄めかすものになっていたことを聞いている、と伝えられた。

妹が死んだ原因の殆ど全ては母と僕だろう。
不安や不満は相手に伝えるべきだと示してきたつもりだったが、明確に伝えてはいなかったかもしれない。言葉にしなきゃ伝わらない。どんな事でも同じ。
例えいま無気力でも、生活が一時的に壊れても、何もしたくなくても、音楽や映画とかそれなりの娯楽で飢えを凌いで生き続ければ必ずなんとかなるはずだと前から思っている。これまでもそうなってきた。高校を辞めたけど大学には入れたし、休学しているけど何も終わったとは思っていない。
妹にも趣味があった。他の何もできなくなっても、それに縋って生きていくことが出来たんじゃないか。何もできなくなったら家事なんてこっちでやるから、そう伝えて欲しかった。お金も全くないわけじゃない。
自殺なんて意味がないと思っている。今でも変わらない。来世なんてあるか分からない。天国なんてあるか分からない。多分無い。最低限度の生活だとしても生きてる方が楽しいよ。そういう希望についてちゃんと伝えればよかった。
妹のセンスは僕とそっくりだったから、僕のことを見てだいたいのことは分かっていると思っていた。でも言葉にしないと伝わらなかった。むしろ妹は僕に食い潰されると思っていたのかもしれない。
本当はどう思っていたんだろう。

頭の中を流れる言葉が止まらなくてゴミ出しに行けないから、一度文章にした。あまりに恥ずかしいからはてな匿名ダイアリーに投稿しようかと考えたが、十年以上続けたこのアカウントと紐付かないと意味が無いような気がした。誰が読んでも読まなくてもいい。

これからゴミ出しに行く。

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