見出し画像

蠢く

 夢が覚めるようだった。彼女の指が器用に、確かな手順を心得た様子で作業を終えたあと、複雑な皺の残った黒い折り紙が一枚、残されているきりだった。けれどなんど何度矯めつ眇めつしても、僕にはこの皺、あるいは折り目の形が、裏表で一致するようには思われないのだった。
「いかさまなんて、していなかったでしょう」
 不承不承、僕は頷いた。賭けは彼女の勝ちということになった。文化祭の展示を手伝うと、受け入れないわけにはいかなかった。
 最初、折り紙を展示物にすると言いだしたとき、僕は反対した。ひどく子供ぽく思えたからだ。現物を見て、反対は別の内容に変わった。
「折り紙なんかじゃない」
 奇抜な折り紙があることは知っていた。けれどその抽象的塊は、限度をとうに超えているように見えた。どんな形だったのかすら、目を離すともう、はっきりとは思い出せない。折り紙なんかで作れるとは思えなかった。だから思わず言ったのだ。折り紙だと証明できたら、僕もそのオブジェを手伝ってやると。
 大量の折り紙を組み合わせたオブジェ。それは彼女の目算では、部室の半分以上を埋める大きさになるはずだった。一人で折るには手が足りない。僕にも手を貸せと、そういう話だった。
 彼女に教えられた通り手を動かせば、確かに僕にも、それを作ることができた。直角に交わる平行線、切れ目なく自己と交差する平面、彎曲した直線。指を動かす間、僕は奇妙な陶酔感と吐き気を覚えていた。
 文化祭前日、夕暮れ時、部室を埋める白黒の名状しがたき幾何学を前に、微笑む彼女の姿を覚えている。
 押し迫る闇の中、黒い何かが蠢くように見えて、僕はその場を逃げるように立ち去った。
 当日、彼女は現れなかった。失踪が知れたのは、当日の朝だ。オブジェもそっくり消えて、その後、どちらの行方も知れない。
 彼女に教わった手順は、まだ覚えている。けれどもう一度折ることが、ぼくはどうしてもできないでいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?