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魔法使いの弟子 (女子高生麻雀)

 承前。今回も小品SSのネタになりそうなブツですが、そっち方面にうまいことビルドできないし外部に絡めたいのでこっちの形式で行きたいと思います。

異能力麻雀世紀

 阿知賀編の主人公チームこと阿知賀女子学院麻雀部は、異能者がごろごろしている全国高校生麻雀大会においても一枚抜けた異能者含有率を誇る異能特化型チームである。

 全選手の 4/5 が異能者で構成されているチームとなると、これより上は覇者白糸台(全員異能者)、同じ割合は(たぶん)宮守女子。あの異能麻雀の代名詞ともいえる永水女子よりも、含有率という意味では上である。よくぞまあこれだけの異能持ちを集めたものだという感じだが、物語の都合上こうなったというのは横においておくと、阿知賀女子はある種、異彩を放つ点がある。

 能力者を見出した のではなく、 人に能力を見出した チームなのである。

熊倉トシの采配 ――異能の法則

 何が違うんだ、と思われるかもしれない。だが、かなり大きな違いである。少なくとも永水女子・宮守女子とは明らかに違う。白糸台とは近いのだが、その意味合いをやや異にする。

 順を追って説明していこう。まず、 咲世界の異能力は遺伝する 。血縁者で能力を発現しているケースは多く、龍門渕一族の天江衣と龍門渕透華、宮永家の照と咲、阿知賀では松実姉妹が該当する。これを思うと、 永水と宮守は能力者先にありき でチームが組まれたことが朧に見えてくるようである。

 もともとが「神降ろしを行える巫女が趣味で始めた麻雀を、一族郎党で部活動まで持っていった」形である永水は当然として、宮守についても、全国出場の仕掛け人である熊倉監督が「異能力を感知する方法」を持っていた(臼沢塞に渡されたモノクルはモロに 異能力に反応する特殊なガラス で作られていた様子だった)こと、わざわざ山中の村に分け入って姉帯豊音をスカウトしてきたこと、エイスリン・ウィッシュアートを引き入れたことなどを考え合わせると、プロ入りさせる選手を探す目的か何かで もともと血縁で異能者が生まれる素地のあった宮守に赴任した と考えるのが妥当なように見えるのである。

宮永照の王国 ――白糸台の能力者事情

 では、血縁・地縁以外で、それ以上の異能者を抱える白糸台はどうか。この異常な異能者率については、単行本未収録分の本編で説明があった。

 宮永照は、相手を解析する異能「照魔鏡」を持つ 。そしてこれは、別に当人が自覚している異能力でなくても、詳細な発動条件を含めて「理解」することが可能である。宮永照の白糸台入学からインターハイ最初の優勝までの間、何があったかの詳細は明らかではない。しかし語られる過去の範囲で、宮永照はこの効果を最大限に活用し、 部内ランキング下位だった選手たちに上位ランカーを撃破させる という成果を残している。となれば、白糸台の選手が異能者ばかりで占められている理由はもはや明らかである。

 異能者だから勝ち残れた のではない。 宮永照に異能力を開発された人間 しか、白糸台の選手に残っていない。普通に打って牌譜を残している限りでは発動条件を理解できない面々が今年のチームにいるのも、宮永照が 発動条件込で能力を看破した ためなのだろう。あのチーム内で「能力の必要動作」などというまさに異世界としか言いようがない表現が普通に流通していたことにも、これで説明がつく。あるいはもう少し踏み込むなら、 ごく些細で効果の弱い異能力まで開発された 結果、現在の白糸台麻雀部には上から下まで 異能者しかいない という想像もできるであろう。

 すなわち、覇者白糸台を支えているのは、文字通り宮永照ただ一人 ということになる。高校競技でここまで個人のウェイトが大きくなると卒業後にどんな扱いをされるやら不安になるくらいだが、白糸台と親しい大学がいるならそこへ進学した上、コーチとして招聘されたりするのだろうか。将来プロ入りしたあとはどうなるのだろうか。このへん話になりそうなんですが誰か書きませんか。

 ともかく、白糸台には 能力者によって見出された能力者 が君臨している。

阿知賀女子 ――魔術師、還る。

 では、阿知賀女子はどうか?

 松実姉妹が異能力持ちであることは、それこそ船久保浩子がやっていたように、牌譜を見ればすぐ見当がつく。あまりにもわかりやすいから、当人たちも気付いて使っていたことであろう。特に松実玄が自覚的であったのは言うまでもない。

 問題は、 高鴨穏乃と鷺森灼 である。

 鷺森灼は麻雀に触れていた時期に巨大なブランクがある上、「特定の形の筒子多面張でツモ和了りする確率が上昇する」という効果はいかにも看破しにくい。これは自分自身も含めてである。高鴨穏乃の能力は、その発動条件があまりに難解である。しかも小学校の時点では その異常性に自分で気付いてた描写はない

 となると、彼女たちの能力は 阿知賀女子麻雀部を復活させてから半年あまりの間に見出された と考える他にない。

 そんな真似をしたのは誰か?

 一人を除いて他にない。赤土晴絵であるはずだ。

黄金を探して ――研究者の仕事

 赤土晴絵がふたりの能力を見出した、という憶測には、あながち根拠がないわけではない。まず従前の記事でも触れていたように、 赤土晴絵が能力の実在を前提として研究を行う 人間であること。そして、こども麻雀クラブのころから全ての牌譜を残しており、本編中ではそこから 松実玄が能力を反転させた際、復旧させるための条件 をほぼ正確に割り出して見せたこと。

 赤土晴絵は研究家である。お世辞にも精神的指導者として円熟しているとはいえない(事実、本編でもやらかして教え子たちを動揺させてしまっている)が、それでもこども麻雀クラブの先生として、そして阿知賀女子麻雀部の監督として、技術面での教育には大きな成果を残している。

 徹底的に、練習の牌譜を検討していたはずである。何がおかしいか、どこで間違えたか。押すべきか引くべきか。自分の教え子には何が見えていないか。判断ひとつひとつの理由は何か。そのなかで異常、あきらかな偏りを見出したと考えるのは、そう無理のある話ではない。

 たとえば、 本来発生しているはずのドラ爆や赤い牌の引き寄せが、無効化されている局があるとか。あるいは、筒子多面張で張ったときだけの自摸和了率が異常に高いやつがいる、とか。

 細かな条件を含めて検討していった、その姿が見えるようである。高鴨穏乃であれば、松実姉妹と同卓のときのデータを大量に集めて分析したはずだ。どこで、何をボーダーにして「牌の引き寄せ」が消えるのか。模糊とした情報の山を、仮説と霊感(異能ではない意味で!)を頼りに切り崩していく。鷺森灼の場合は、筒子多面張以外で和了らないように指示してのデータ取りというところだろうか。その上で最終条件を篩い分けたのは、あるいは赤土晴絵と鷺森灼の何気ない会話の中だったのかもしれない。赤土晴絵がこれは何ピンと何ピンと……と唸っているところに、鷺森灼がその組み合わせはボウリングみたいだとか軽口を叩いて、それが突破口になるというのは、いかにもありそうな光景ではないか。

魔法使いの弟子 ――赤土晴絵と鷺森灼

 鷺森灼が異能者であると知り、その能力の全貌を掴んだとき、赤土晴絵は何を思ったのだろうか。本編での動きを見る限り、指導した内容ははっきりしている。「異能を使ったスタイルと通常のスタイルの使い分け」である。それも異能を使ったものを打ち筋のベースとして、そこをフェイントに使って通常の手筋で勝ちに行く。本編で「普通の相手と同じように対処すればいいだけ」と看破されてはいるものの、心理的にはそうもいかない。 異能は絶対 である。普通の手筋で仕掛けてくることがあるとは言っても、実際に多く自摸ってくる筒子での待ちを警戒しないわけにはいかない。真面目に読もうとする相手であればあるほど、プレッシャーをかけて読みを狂わせる材料になる

 赤土晴絵はおそらく、「派手な異能力は種と仕掛けを見切られて当然」と考えている。自分は時間を費やしてそれを可能にしたのだから、同じように時間を使えば誰にだってそれを実現することができる。事実、全国高校生麻雀大会決勝トーナメントでは、相手の能力条件を見切って対策を立てるのが当たり前になりつつある。そのうえで、 能力そのものをブラフにする という発想。晒した牌すら介さずに、相手の手筋を歪ませる戦略である。異能者がその強弱を問わず「条件に従って打たされている」ケースの多い中、積極的に異能を禁じて和了るパターンをマギレさせるこのスイッチは、他のチームの半歩先をゆくものだと言えるのではないか。

 何しろ あの怪物じみた永世七冠ですら、能力をメタられれば跳満放銃する のだ。赤土晴絵は地上の誰より、そのことをよく知っている。

ところで ――なんでお前は宮永咲以外に

 さて。実はここまでぶちあげてきた「阿知賀式の起用」で見出された異能者なのだが、全国高校生麻雀大会にもうひとり、ひとりだけいる。

 南大阪代表は姫松高校の先鋒、 上重漫 である。彼女は 普通ならまずやらないようなデータ解析 を行った 末原恭子 によって先鋒に起用され、準決勝ではその異能を爆発させ、全国三位の辻垣内を相手にして成績プラスで帰還した。

 ……実は、上重漫、その後の五位決定戦先鋒戦では「能力を見せ札に、能力でサポートされている以外のところで待つ」という、前述のメタ戦術そのものの打ち筋を指示されて実行していたりもする。普通ならどうやっても対処できないようなとんでもない異能持ちの死角を突く、ちょっとした手品のタネをセットで渡されて。 これすべて 末原恭子の差し金である

 やはり、末原恭子の思考パターンや立ち位置は、赤土晴絵にオーバーラップさせる形で描かれているのではないか、と疑いたくなるのである。

 要するに……

末原ァ!

 何でお前は宮永咲以外に轢き潰されてるんだ――!

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