あしたも知らないきみに出会う

(鴇沢と昴)



 昴は多趣味だと思う。

 天体観測をはじめ、料理もうまいし、休日にはよく散歩に誘ってくれるし、電車に乗るのも好きだと言っていた。東京にいたときはキャンプとかもよく行った、と話しているのを聞いたこともある。

 いろんなことに興味があって、いつもめまぐるしく何かを考えたり動いたりしている。

 どちらかと言わずとも、昴はアウトドア派だった。

 それにくらべて。

「ごしゅみは?」

「えっ?」

 突然尋ねられた鴇沢は、パソコンの画面から顔を上げて首をかしげる。

「お前の趣味。なんかある? 今まで定休日なかったんだよな。でも店いく前とか何して過ごしてたの」

「本読んだり、映画観たりするのが好きかな」

「うそ、この部屋あんまり本ないじゃん」

 以前ほどではないが、それでもまだ物が少ない部屋を見回し、昴は不思議そうに言った。

「読み終わった本は夏子さんがもらってくれるから。夏子さんに借りることもあるよ」

「へー……どういうジャンル読んでんの?」

「なんでも読むよ。えっと、ホラーが一番読むかも」

「ホラー!? まじで? 映画も?」

「ううん、映画だと苦手になる」

 昴はふんふんとうなずき、「じゃあ今度の休みは映画行こう」と明るく笑う。

「え、な、何で?」

「何でって、この流れで聞くほうが何でだよ」

 ちょっと機嫌を損ねたように唇を尖らせ、昴は鴇沢の肩に頭突きした。そのまま体ごとひねって、鴇沢に寄りかかってくる。

 こういうちょっとしたスキンシップにも鴇沢は慣れないのに、恋人同士になってから昴はよくくっついてくるのだった。いちいちどきどきしていることを知られるのが恥ずかしいけれどもちろんうれしい。鴇沢はそっと昴の頭を撫でてみた。

「あの、それって、昴もいっしょに行ってくれるってこと……?」

「逆になんでひとりで行く選択肢があると思ってんの? こないだは家に居たから次はデートしよう。いっつも俺の行きたいとこばっかだから、お前の好きなこともしたい」

 すぐ離れたほうがいいのかな、と迷う鴇沢の手のひらに押しつけるみたいに頭をぐいぐい寄せてきて、昴は少し呆れたような笑顔をくれる。

「……って、全部言わされるんだもんなー」

「ご、ごめん、俺、察しが悪くて……あの、ありがとう。すごく嬉しい」

 素直に感謝を告げると、昴は機嫌よく頷いた。

「今やってるの、調べてみるね」

「ちなみにホラーは俺が無理だから」

「そうなんだ……」

「おい、なんで嬉しそうな顔してんだ。ゾンビと幽霊は絶対観ないからな!」

「ち、ちがうよ。そんなつもりじゃなくて」

 ホラーものが苦手だなんて、たった今はじめて知ったのだった。高校の三年間ずっと見ていたのに、今は一緒に暮らしているのに、知らないことがまだまだある。

「……これからもいろいろ、知らないところが出てくるのかなって」

「ああ、そういう……。そうだな、お前の知らない、えげつない部分とかどんどん出てきて幻滅するかも」

「そんなこと、」

「されないように頑張るけど」

 絶対ないよ、と力強く否定する前に、さらりと昴が続けた。

「どうせお前は否定するだろうけど、駄目なとことか嫌なとことか、見えてくんのはこれからだよ。でもそういうところで嫌われないぐらいかっこいいとこも見せられるようにするから、これからもよろしくな」

 そうなんだろうか。昴が言うならそうなのかもしれない。

 なにしろ鴇沢にとって、好きな人とおつきあいをするなんて奇跡が起きるのはこれが初めてのことなので、よくわからない。

 でもきっと、どんな一面を見たとしたって鴇沢が昴のことを嫌いになる日なんて永遠に来ないと思う。

 だって今、たった今でさえこんなにも強くまた好きになっているのに。

 でもそれを言えば、また「わかってねーな」と笑われてしまうだろうか。その、ちょっと意地悪な笑い方も好きだけれど。

「お、俺も頑張る」

 自信はないけど、ないからこそ努力をしなければと鴇沢は気を引き締めた。

「お前は別に頑張らなくたっていいよ。いまさらどんなとこ見たって引かないから安心しろ」

「えっ」

「え、じゃねーよ。言っておくけどお前、元ほぼストーカーだからな」

 その通りだ。蒼白になって俯く鴇沢を、昴が笑いながら覗き込む。

「でも好きだよ」

 内緒話のトーンでささやかれ、そのまま唇をかさねられた。

 やっぱりこのひとを好きじゃなくなる日なんて未来永劫来ない、と思いながら鴇沢は柔らかい舌に応えた。

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