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【リレー小説】明峰島の冒険 前編【月イチ企画】


  
「お兄ちゃん、これ! 見て!」
 夏休み前半のことだった。小遣い稼ぎも兼ねて母の実家の蔵を片付けている最中、おりは長い黒髪を束ねた尻尾を揺らしながら蔵の外に飛び出すと、A2サイズくらいの古い紙を広げて見せてきた。追って外に出て太陽の眩しさに目眩を起こしそうになっていると、
「ん」
 地図を押し付けられた。
「なんだこれ?」
「なんかあった」
「なんかって」
 見てみると「明峰あきね島」という名前の島の地図だった。
「ウラにもなにか描いてるよ」
 裏返してみると、トリコーンを被って左目に眼帯をした髑髏の下に骨で作られた×のマークが描かれている。
「これは」
「ジョリーロジャー」
 すぐ後ろから低い声が聞こえて振り返ると、丸眼鏡をかけた無精ひげの男が立っていた。
由良彦ゆらひこおじさん!? いつの間に」
「ゆらおじさんだー」
 織は由良彦おじさんに抱き着くが、猫背とはいえ百八十はあるおじさんに小4の、しかも平均より低い織の背丈ではユーカリの幹にしがみ付くコアラみたいだ。
「二人が蔵を片付けているって姉さんに聞いてね。それよりそれ、ジョリーロジャーだろ? 蔵にあったのかい?」
「らしいです。織が触ってて」
「大発見したの」
 脱コアラを果たした織は腰に手を当てて胸を張り、
「ところで。ろりー、なに?」
 俺を見上げて首を傾げた。
「ジョリーロジャー。海賊旗のことさ」
「え、じゃあおじいちゃん海賊だったの?」
「ははは。そんな話、おじさんは聞いたことないなぁ」
「じゃあこの島は知ってますか?」
 地図の面を見せると由良彦おじさんは、
「ああ、この島は」
 顎に手を置き眉を顰め、言い淀んだ。
「なにかあるんですか、この島に?」
「いや。普通の無人島だよ。ただ」
「ただ?」
「昔僕が小学生くらいの頃に爺さんから聞いた話なんだけど『明峰島には海賊の宝が隠されている』って」
「本当ですか、それ?」
「さぁ? 爺さんが言ってるのを聞いただけだし、明峰島の地図も初めて見たからねぇ」
「へえ」
 正直、海賊の宝なんて眉唾でしかない。しかしそんな都市伝説に目を輝かせた人物が一人いた。年相応の幼い顔で期待の籠った笑顔を俺に向けてくる。
「海賊の宝! 夏休みの自由研究決まっちゃった!」
「決まっちゃった、じゃあないんだが? 海賊の宝なんてある訳ないだろ? あったらとっくに誰か見つけて」
「いや、そうとも限らないよ。だって明峰島、地図には載っていない島だから」
「地図にない島……」
 由良彦おじさんの余計な一言のせいで、織は余計に目を輝かせてしまった。
「来週、近くまで釣りに行くんだけど、島までボートで乗せてってあげようか?」
 コクコクと頷く織を横目に、俺は頭を押さえた。由良彦おじさんは人は良いが子供の面倒を見るようなタイプではないため、必然的に織の面倒は俺が見ることになるからだ。というか織がまだ腹の中に居てこの実家に住んでいたとき、由良彦おじさんに連れていかれた野球場で忘れて帰られたのは今でもトラウマだ。兄として織にそんな思いをさせる訳にはいかない。
 
 
 そんなこんなで俺と織は、瀬戸内海に浮かぶ外周約五キロメートルの無人島、明峰島に上陸した。
「じゃあ夕方になる前に迎えに来るよ」
「おにーちゃんと真夏の大冒険♪」
 はしゃぐ織と共にだんだん小さくなるボートを見送った。
「で、島のどこいくんだ?」
 外周五キロとはいえ、島の中心部は隆起して歩いて登れないことはなさそうだが山があるし、南の方は森になっている。
「うーん」
 織は扇風機のように左右に首を振るが、進行方向を決めかねている様だった。できることなら島の周りを一周だけして満足してほしい。そう願うのも束の間、織は海岸線に沿って走り出し、三十センチほどの木の枝を拾って戻ってきた。
 そして上空に投げ、落ちるのを見届けてから、
「こっち」
 とつま先を森の方へ向けた。
 こんな調子で大丈夫だろうか。否、大丈夫ではないだろう。
 一抹の不安を抱えながら、俺は織の後に続いた。

――中編に続く―― 
 

前編作者:陸離なぎ

中編はこちら


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