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『プロジェクトぴあの』読書感想文3月27日

表紙も含めて最高なSF小説『プロジェクトぴあの』を読んだ。

書影を見ていただければ分かるはずだけど、表紙の美少女のイラストが目を引く。帯には片淵須直監督の推薦文、これはもう読むしかない。

子ども心に思い描いていた「未来」は、宇宙へと、よその星系へまで繋がっていたはず。そうした道を阻むのが当の物理学ならば、そんな科学なんて覆せ。

『プロジェクトぴあの』は山本弘による、2014年にPHP研究所から出版された小説。僕が読んだのは早川書房から文庫版として3月18日に発売されたもの。文庫化にあたってイラストレーターのつくぐさんが表紙絵を描いていて、より今の小説としてチューニングされたといった感じでしょうか。

物語は男の娘のボク、貴尾根(きおね)すばるの視点から語られる。ボク=すばるは秋葉原の電気街で部品を買いあさる結城ぴあのと出会い、彼女の口から「宇宙へ行きたい」と聞かされる。ぴあのはアキバ系アイドルグループのメンバーであり、物理学と数学の大天才。彼女はやがてトップアイドルに上り詰め、さらに物理学の常識を打ち破る「ぴあのドライブ」を発明し、人類へ宇宙への道を拓く。そんなぴあのに恋をするも、決して友人以上になれなかったすばるの悲恋の話でもある。

サムネイルの眼鏡の女の子が結城ぴあの、ゴスロリっぽいのが貴尾根すばる。

ヒロインである結城ぴあのがアイドルとして、あらゆる常識を打ち破って活躍するのはめちゃくちゃ楽しい。結城ぴあのは物語序盤はアイドルグループに所属していて、グループ内では不思議系なキャラとして売り出されている。でも実際の彼女はそんな人間ではない。物理学と数学を愛し、「宇宙に行く」ことにしか興味がない。自宅のガレージで研究を行い(核融合の実験も!)を行うようなアイドルはなかなかいないが、まさにそういった常人離れした知識と才能を生かしてアイドル活動を展開する。

ブラウン運動から発電を行い、熱力学第二法則を破る発電機「みらじぇね」(ファインマン・ラチェットという有名な思考実験が元ネタで、ホントは無いらしい)を発明して、難なく現代の物理学を超えていく。

ぴあのの人格や歌い声を完璧にコピーした二次創作から生まれたAI「メカぴあの」が登場。そんなメカぴあのとのARを駆使したライブ競演で見せた“人間にしかできない”のどを酷使した熱唱。「科学の歌姫」というのがふさわしい、今までにないアイドルの誕生を応援してしまう。

ぴあのは「宇宙へ行く」という妄執にとり憑かれている。そしてこの小説で一番の大嘘は、「結城理論」の構築と「ぴあのドライブ」。この二つが彼女を宇宙へ連れ出すカギとなる。ここら辺の描写は結構専門用語が多くて分からないので、「なんかすごい」と思ってしまいましたとさ。ハードSFを読むには数学と物理学の教養、それもかなり高度な教養が必要なのでしょうか…。タキオン粒子に負の運動量を与えて、正の運動量をとりだすとか云々。6次元まで頭でイメージできる非人間的なアイドルのこと、好きになっちゃうよね。

一貫して希望を書いているところも本作の好きな点。現実の社会がディストピアSFに劣らないクソさを露わにしている今、現実と見紛う夢物語を語ってくれる本作が文庫化される意義はあるはず。

ぴあのは「嘘をつけない」という属性と、宇宙だけを愛し人間を愛することができない、という意味で完璧な処女性を持っていた。歌唱力や見た目もアイドルとして完璧。だれのものにもならないという絶対的な信頼が彼女の人気を加速させる。

しかし突然、彼女はすばると人類を残して1600光年先の宇宙へ旅立つ。11年前宇宙へ行くという夢をかなえるため、アイドルになると決めた瞬間から「嘘をつけない」という嘘を突き通してきたのだ。ファンを裏切るのは肉体を持ったアイドルの難しさ。同時に肉体という交換不可能な性質が彼女をトップアイドルたらしめているので、なおややこしい。

物語は小林オニキス作詞作曲「サイハテ」の引用で終わる。僕は初音ミクを知らずに育ったので、小説を通してこんないい曲を知ることができて嬉しいね。すばるの立場からするとぴあのと永遠の別れを歌うレクイエム。ぴあのにとっては生まれてこの方の夢を歌った曲、ということになるのかな。

重すぎる後書きもnoteで公開されていた。虚無感がすさまじいラストに、「サイハテ」の歌詞の引用。そこへ追い打ちをかけるようにこの後書きで、心がめちゃくちゃになってしまいました。

話は多少それるけど、本作を勝手に3月に出た新作だと上巻の途中まで勘違いしていた。作中でアイマスや初音ミクについて言及されるが、キズナアイが出てこないことに一瞬違和感がある。肉体を持たない(と自称する)アイドルに触れないのは不自然。それも当然で、本作が出版された2014年当時キズナアイは存在していなかったのだ。アイちゃんは2016年生まれ。











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