2月26日長男の授業参観へ行く

今日は、長男の授業参観と保護者会に出るために休んだ。

小学校に行くのは午後からだから、午前中は走りに行こうと思っていたのだけど、あまりに風が強いので、3キロ位走って断念。代わりに家でアブローラーをやる。アブローラーのやり方がイマイチ分かっていないのだろう、負荷があまりかかっていない気がしたので、YouTubeで調べてやり方を調べながらやる。

娘は明日からテストだが、勉強をしているんだが何だか良くわからない。しょっちゅうリビングに降りてきては休憩を繰り返している。そんなんで大丈夫なの?って思わず口から言葉が出そうになるが、堪える。彼女は今年のテストは十二分に結果を出しているし、恐らく自分なりに勉強の仕方を確立していると思われ、何より親から言われる「勉強しなさい」的な発言が最もやる気を削ぐことは自分自身が経験してきたことだ。

長女にお昼何が食べたいか聞くと、「牛丼!」とのことだったので、セブンイレブンに買いに行く。彼女はカレーか牛丼を食べていればごきげんな感じがある。僕は配達で毎月頼んでいるベースブレッドを食べる。

午後から長男の授業参観に行く。公開されていた授業は学級会で、学年末最後のクラス会で何をするかを決めましょう、というのが題目だった。

クラス会を俯瞰してみていると、その場は民主主義として機能させようとする、おそらく学習要領上の狙いが透けて見えてくる。
多数決の結果のマイノリティとなったいかんも踏まえながら、その意見も加味した案を構築させようとしたり、色々な工夫があった。議論経過を進捗管理するためのチャートフローチックなものがあったり、議論に使う項目ごとの時間の目安が示されていたり。

ただ、発言する児童の声がとても小さくて良く聞こえない場面が多かった。活発とは言えないし、皆で考えている、というよりも良く意見を言う幾人かで決まっていく感じ。長男は何回も発言していたが、そもそも発言など1回もしない児童もいて、全体的にはあまり元気がない印象を持ってしまった。

自分の頃のクラス会はもっと適当で、感嘆符が多かったりしたし、感情的に話すことが許されていたような気がする。それを「昭和」と言われるならばそうなのかもしれないけれど、でも少なくとももっと元気だったような。民主主義としての意見調整よりかは、自分の意見を如何に通すかに腐心していた気がする。

保護者会には僕以外はお母さん達が出ていた。去年もそうだった。

例えばこのお母さんたちは働いていて、今日このために仕事を休んでいるとする。兄弟がいたら、その日も仕事を休んで保護者会に対応するのだとする。それだけで、どれだけの日々の仕事の負担が増すのだろうか、そんな事を考えながら保護者会に出ていた。

保護者会ではカフートと呼ばれる遊びめいたことが繰り広げられた。これが今児童には人気とのこと。アンケートをクイズ形式にして答えるもので、例えばAくんが「今年僕が頑張ったことは何でしょう?」みたいなことを四択のアンケート形式で皆に出題して、答えがあっていたら得点がもらえ、それをクラスメイト全員が出題し、総得点数を競う、というもの。

児童が作ったカルートを保護者会で親たちがやり、僕はほとんど間違えた。長男は今年頑張ったのは運営委員(学級委員みたいなもの)とのことで、それは当たった。ほっと胸を撫で下ろす。

明日から仕事。とてつもなく行きたくない。働きたくない。今まで生きてきた中でもっとも仕事のやる気が出ない日々が絶賛続いている。

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