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子どもの育ちをwell-being②逆境体験と健康格差

このnoteでは「幼少期の環境」と「将来の健康」との関係を紐解きながら、子育てしやすい支え合える地域づくりの大切さを綴っていきます。

前回(子どもの育ちとwell-being①慢性疼痛編)の続きです。

前回の記事では「子どもの養育環境」は脳の発達などに影響を与え、将来の慢性的な痛みのみならず、その他様々な疾病リスクや教育格差、そして犯罪リスクなど多岐にわたる影響があるということを紹介しました。

本日はその話を少し深掘りしていこうと思います。

子どもの貧困と健康格差

日本の子どもの7人に一人は相対的貧困である。
聞いたことがある人もいると思いますが、30人学級であればクラスに4〜5人は貧困家庭の子がいるということです。

ここでいう貧困とは、相対的貧困と言って等価可処分所得(収入から税金・社会保険料等を除いた手取り収入である世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って 調整した所得)の中央値の半分に満たない所得のことを言います。それに対して発展途上国の飢餓に苦しむ子どもの状況のような貧困状態を絶対的貧困と言い、一日1.90ドル未満で暮らすような生活を言います。

日本の相対的貧困の割合は先進国の中では非常に高く、OECD加盟国の中ではひとり親家庭における相対的貧困率がダントツで高いといった状況なのです。

貧困家庭にはどういった背景があるのでしょうか?
まずここでの言葉の定義として、貧乏と貧困は異なるということを言っておきます。貧乏というのは経済的に困窮している状態だと仮定すると、貧困というのはそれに付随して、時間であったり社会との繋がりなど、経済状況意外にも様々な要素が奪われた状況としておきます。

例えば、単純に経済的貧困状況であったとしても以下のような違いがあったとします。

Aさんの家庭は月収15万円で2人の子どもを育てている。しかし友人が多く、様々な制度について助言してくれる人もおり、制度を上手に利用しながら扶助を受けている。また近所に両親が住んでおり、食事なども共にすることが多い。子どもの養育費なども両親からの援助を受けている。日中は仕事に出ているが、夕方には帰宅して子どもと共に過ごす時間も十分に取れている。

Bさんの家庭は月収25万円で2人の子どもを育てている。夜の仕事をメインでしており、帰宅は明け方。近所に家族や友人はおらず、人付き合いもない。夜間は子どもたちだけで留守番していることも多く、食事は菓子パンやインスタント食品が多い。歯磨きをする習慣も身についておらず虫歯もあるが、歯医者へは行けていない。学校から帰宅後は誰とも会話することなく家でテレビを見て運動せず過ごすことが多い。

このAさんとBさん、経済的な側面だけを見ればBさんの方が月収も多いことになります。しかし「時間」や「人付き合い」などを含めて考えた際には、どちらの生活が貧困の状況と言えるでしょうか?子どもの生活は?親の余裕は?どちらの生活が長期的に考えた際に健康的側面に影響が出てくるでしょうか?


次に足立区で行われている「子どもの健康・生活実態調査」の中身から見えてきた状況を紹介します。


足立区 子どもの健康・生活実態調査から見えるもの

この調査は東京医科歯科大学 国際健康推進医学分野 藤原武男先生のチームが中心となり足立区との協同で行われている調査です。

足立区の小学1年生の世帯に対して、生活困窮世帯と非生活困窮世帯とで様々な健康関連因子を比較した調査になります。

生活困窮世帯の基準としては
①年収300万円未満 
②生活必需品の非所有 
③支払い困難経験あり 
の3つの中で1つでも該当すると生活困難世帯として割り振りを行います(全体の19.7%)

そこで生活困窮世帯と非生活困窮世帯を比較した結果、様々な実態が明らかになってきました。

具体的には以下のようなものです。生活困窮世帯の子は、非生活困窮世帯の子と比較して

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子どもにとってコントロールすることができない、家庭環境によってこれほどまでに生活状況や健康状態に違いが生じているのです。

先程AさんとBさんという例を出しましたが、Bさんの家庭の状況であれば、虫歯が増えたりワクチン未摂取が多かったり、朝食を食べなかったり就寝時間が決まっていない子が増えることは想像することができますよね。

これらは健康関連因子のみならず、学力にも影響してきます(親に勉強を見てもらう、読み聞かせをしてもらう習慣の有無、また授業中の眠気や集中力などへの影響)

さらには欲しいものを買ってもらえる経験や、習い事などで自身の成長を感じれる機会などにも差が生じることから、レジリエンスや自己効力感などの非認知能力と言われる能力にも差が出てくることが考えられるのです。


逆境体験の将来への影響

今は足立区の実態調査の例を紹介しましたが、このような養育環境にまつわる研究報告は世界中からあります。

中でもACE(Adverse Childhood Experiences)と呼ばれる幼少期の逆境体験に関する報告は非常に考えさせられる内容です。

ACEには
・死別
・親の精神疾患
・離婚
・親の投獄歴
・アルコール、薬物依存
・家庭内暴力
・経済的困窮
・地域での暴力目撃
・人種差別や不当な扱い
の9項目から成り立っています。

そしてこのACEに当てはまる項目と成人後の健康状態には負の相関があると言われています。つまり、ACEに当てはまる項目が多いほど、将来の健康を損なうリスクが高まるということ。

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上記はシステマティックレビュー論文(Lee.2018)から引用させていただいたACEの項目と関係する成人後の健康関連リスクです。

ここでも皆さんに一つ想像して欲しいことがあります。
皆さん、山を歩いているときにクマに出会ったらどうなりますか?

きっと恐怖に怯えながら、身体は緊張し、心拍数は高まり、瞳孔が開き、「戦うか逃げるか」というモードになると思います。

これはストレスによる交感神経の活動が高まりや、アドレナリンやコルチゾールといったホルモンバランスの変化による反応です。


では、家庭内に毎晩のようにクマがいたらどうでしょうか?

安心できる暇もなく、常に家庭内でも身体は「戦うか逃げるか」というモード。
常に心拍数も高く、血糖値も高くなります。

こういった環境が長く続けば、自律神経系や免疫系、ホルモンバランスなどに問題が生じることが想像できますよね。

その結果、高血圧や心疾患、そして糖尿病などのいわゆる「生活習慣病」に罹患してしまうリスクも高まるのです。

生活習慣病は、生活習慣が原因の自己責任の疾患ではありません。
それは社会背景が強く影響する、社会的な疾病なのです。

自宅内にアル中の親がいたり、精神疾患の親がいたり、常に夫婦喧嘩が耐えなかったりDVがあったりと・・・そんな状況が子どもの心身を蝕み、様々な将来の健康リスクに影響するのです。

では、こうしたものは「家庭内の問題」として放置するしかできないのでしょうか?
どうすれば逆境的な立場に立たされている子どもを、そして保護者を支援することができるのか?

次回の記事ではそういったことについても記事にしていきたいと思います。


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