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(~)21.01

人はだれしも心にツッコミ芸人を飼っている。

少し前までは、(おそらく日本人の4割くらいがそうであるように)千鳥のノブが脳内で喚いていたのだが、12月中旬あたりから東京ホテイソンが入れ替わりで入居した。だから音量はあんまり変わっていない。今年のM-1が放送される少し前からYoutubeでお笑い芸人の動画をずっと観ていた。一番好きな芸人は、この半年くらいはコウテイ。ネタのナンセンスさとワードセンス、そして九条ジョーの顔が好き。梶原パセリちゃん、野村周平と同じ系統の顔立ち。顔というか、髪型とスタイルか。大学時代に一番仲の良かった大好きな友人にも似ていて、だから懐かしさと親近感があるのかもしれない。

クリスマスイブの夜、『キャロル』を観た。月日さんが、クリスマスにおすすめの映画として挙げていたものだった。主人公と同じファッションをしていたのがかわいらしくて、どうしても観たいと思った。amazonプライムでは視聴対象外、近くのTSUTAYAにも置いてなくて、思いきってU-NEXTに加入した。普段は唐揚げを売っている、行ったことのなかった店でチキンを買い、アップルワインを適当に豆乳で割り、炬燵に潜りこんで観た。

結論から言うと、好きではなかった。くすんだニューヨークの冬の街並み、テレーズの帽子、早朝に迎えにきた彼氏のキザな台詞、キャロルがテレーズの肩に手を置く仕草……好きなシーンはいくつもあったのに、どうしても飲み込めない大きな塊が滞留していて、素敵な物語だとは自分はどうしても思えなかった。「役割」にはめこみたがる男性、という男性の「役割」が固く固くセットアップされていて、男性を否定することでしかこの映画を咀嚼する方法がないように感じてしまった。そんなはずはないのに、男であるということだけで、女性である世の人びとに、そしてこの映画が好きだという月日さんに、敵意を向けられているようで気がふさいでしまった。

もちろん、そんな繊細な理由だけで参ってしまったわけではなかった。単純に、でも深刻に、好きな人の好きなものを好きになれないというのは、このうえなくショッキングなできごとだった。感性が違う。見ている世界が違う。食べ物や音楽の好みと同じように考えることはできなかった。眩暈がするような心持ちだった。うまく混ざらずドロドロとしていた酒の残りを飲み干して、鬱々とした気持ちを少しだけTwitterに吐き出して、ほとんどそのまま布団に入って寝た。翌朝目を覚まして、出しっぱなしにしてしまっていた豆乳をカップに注いだ。一口飲んだら変な味がしたので吐いた。たった一晩で腐ってしまったのか、もっと前から悪くなっていたのかは分からなかった。

その日は一日中ずっと落ち込んでいた。ただ、月日さんがいつかどこかの何かで、『同じ価値観である必要はない』『全てを肯定してもらわなくていい』というようなことを言っていたのを思い出して、そこでやっと深呼吸できたような気持ちになった。肝要は"なぜじぶんはそれを好きになれないのか"を咀嚼してじぶんの言葉にすることであって、好きになれないことの是非を問うことではなかった。それに気づいてからは、情緒の向けるべき方向が分かって少し楽になった。もうひとつの理由はもっと単純、十何時間もウンウンと悩んでいたら一周まわってどうでもよくなってきて、「価値観が多少違ったっていいだろ別に結婚するわけじゃないし」という開き直り、あるいはひとつのレジグナチオンに到達したからでもある。

大晦日の日に『ムーンライト』を観た。言葉のひとつひとつ、所作のひとつひとつに体温を感じる映画で、今後『好きな映画は?』と訊かれたら挙げる、いくつかのうちのひとつはこれになるだろうと思えるほど好きな映画だった。誰に勧められたわけでもなく、たまたま出会ったものだったが、その出会いは月日さんに勧められた映画を観るためにU-NEXTに加入したからこそだった。好きな人の好きなものを好きになれなくても、好きな人の好きをきっかけにしてじぶんの好きを見つける、それが一番正しいのかもしれないと思った。

だから今年の目標は『じぶんのために映画を観る』にした。使命感で観るでもなく、見せるために観るでもなく、点数を付けるでもコレクションするでもなく、ただじぶんが観たいと思うものを観る。それだけのことができればいいということにした。情緒的落ちこぼれの年次計画なんてこんなもんでいい。

あとはまあ、『できるだけ落ち込まないようにする』とかもあったけど、これは年が明けて数日で失敗したので抹消することにする。

今年に入ってから、新旧あわせて20本の映画を観た。名前だけ知っている有名な映画が全然好きじゃなかったり、聞いたことのないタイトルだけどなんとなく観てみたら好きだったり、それならばと似たような雰囲気のものを観たらつまらなかったり、同じ監督の作品でも好き嫌いがはっきり分かれたり……そしてまだタイトルも知らない作品が何千とある。外に出づらい時節であるし、個人的に御祝儀貧乏でもあるので、家にいても楽しいと思えるのは幸いなことかもしれない。

さて、点数づけもランキングづけもしないとは言ったものの、じぶん以外の人間が同じ映画を観てどう感じるのかは少からず気になるので、どこかのタイミングでこれを観ましたというのをまとめることがあるかもしれない。そのときはお手柔らかなご意見を頂戴できるとうれしいです。

2021年、落ち込むのは週に1回までにします。がんばります。