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「失望しました」と言われた男

年に1回あるか無いかの東京出張に駆り出された夫は、クライアントとの打ち合わせで「正直、失望しました」と言われたらしい。

相手がどんな気持ちでその言葉を使ったのかはわからないが――多分本当に心からがっかりしたからなのだろうけど、普通あんまり人にぶつけるような言葉ではない――、夫の気持ちにはがっつりと刺さったみたいだ。

そもそも夫はマネージャーという職にあり、クライアント業務を事業所内で円滑に回していく必要がある。業務が円滑に進まなければマネージャーに厳しい指摘がされ、改善をしていかなければならない。

そんな中、あってはならない人的ミスが発生。夫はマネージャーとしてお詫びをすることとなった。
出張のそもそもの目的は”親睦を深める”というものであったはずが、出張直前に『しでかし』が起きたため、お詫びMTGに変更となった次第だ。
夜に催された会食では差しの入った和牛が出されたそうだがなんの味もしなかったらしい。

そこで冒頭のセリフを言われた夫は、クライアントからも会社の上からも「もう二度と同じ過ちをおかすなよ。じゃないと次は無いからな」的な圧力を感じ、眠れぬ日々を送っている。

夫は、学生時代も社会人になってからも、殴られて叩き込まれるという体験をしており、それが「成功体験だった」と信じて疑わない体育会人間だ。
頭でコツコツ考えるようなタイプでは決してなく、親からも「お前は賢いわけではないのだから人よりも10倍頑張らなければならないよ」と言われて今でもそう信じている。

だから頑張る。
人よりも働かないといけないと思っているし、お昼休みやトイレに行くのも我慢して忙しくあらねばならぬと思っている。
持ち前の体育会精神で体力は天井知らず。
だからしこたま残業する。残業はするなと言われると退勤チェックを済ませてサービス残業する。サービス残業を咎められると家に持ち帰って仕事をする。家に持ち帰ったことでセキュリティ上の問題を指摘されると著しく狼狽する。

真面目なのだ。真面目な人間だが、残念ながら効率が良くない。本人もそれがわかっているから頑張るのだが、頑張る方向がズレている。
そんな彼がクライアントから浴びせられた言葉で思いきり凹み、部下がいつやらかすかもしれないと気が気じゃなく、ひと時たりとも休めないみたいだ。

気にしたって仕方ない。そういうのは簡単だけど、私が肩代わりするわけじゃない。なので黙っていたけど、さすがに毎時毎分ため息をついているのを見ると心が病んでしまうのではないかと心配になる。

彼は、「昼間は俺が見ていられるからミスを防げるけど、夜間は俺がいないからミスを防げない。それを考えると不安で仕方がない」と言う。

なんて肝の小ささだ。これでよくマネージャーが務まるな。
言わないけど。
世の中は人手不足だし、こんな彼だとしてもある一定の評価は得ている。

もし私なら――と思う部分もあるにはあるが、責任のない立場で意見を言うなどヤフコメでもあるまいし、外野がとやかく言うものじゃない。

それでも少し気持ちを軽くしてあげたくて、

だけどさ、結局心配してようと心配しないでいようと、ミスは起きるときは起きるものだよ。だったらプライベートの時間は心配しないで過ごした方が心に優しくない?

なんてことを言ってみる。
夫は、「なるほど。そうだよな」と納得したような顔でうなずく。

でもきっと、5分後には忘れてため息をつく。
そして会社に行き、残業に勤しみ、多分休憩中も心を病んでいる。

夫に「失望している」と告げた人も、ここまでダメージ受けているとは知る由もないだろうな。出張からそろそろ半月が経過する。

今日の帰り予定を聞いたら、――21時までには帰りたい――とLINEが返ってきた。

ということは22時は過ぎるだろう。
サラリーマンの一日が長すぎる。

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