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まだ30代前半の若い頃、とても仲の良い友人がいた。

家も近所で、子供達も同じくらいで、
毎日のようにお互いの家を行き来して遊んでいて
彼女が郊外に家を買って引っ越しても
夏休みにはもう一人の友人と
お互いの子供達を連れて彼女の家に泊りがけで遊びに行くのが
毎年の夏の恒例行事だった。

運転手は私で郊外まで約1時間半くらいのドライブ

まだ開発もあまりされていない自然豊かなその場所の
何よりの楽しみはお泊りの夜の「特別」だった。


街灯もあまりない夜道を
林を右手に見ながら真っすぐに進むと
左側の途中に林道のような真っ暗な細い下った坂道が現れる。

一歩踏み出すのが勇気が必要な
ただ風に木々の葉がカサカサとこすれる音しかしない
目の前の真っ暗な闇の中に
皆で手をつなぎ、懐中電灯の灯りと声だけをたよりに
慎重におそるおそる下っていくと
突然、視界がぱあっと広がり、一面の田んぼの緑が目に飛び込んでくる。


四方を小さな森に囲まれたその場所は
森の木々に、田んぼのまだ青々しい稲に
蛍の柔らかい小さな光がふわふわと散りばめられている
それはなんともいえない幻想的で美しい光景だった。

夏のとっておきの特別な場所。


子供達も「すごいね、すごいね!」と
毎年 夏の夜の冒険を楽しみにしていた。

ある年、友人の子供の着ていた薄手のパーカーの袖口に
1匹のホタルが潜り込んだことがあった。

白い薄手の生地の中にぼんやりと光が点滅する。

「すごいね ホタルがお友達になってくれたんだね」と言うと
その子はそおっと腕を動かさないようにその場所で佇み
周りの子供達がその子を取り囲み、光の点滅をじっと見守っていた。




滞在中、昼間は虫取りに行ったり、水遊びをしたりBBQをしたり
お料理上手な彼女の生地から作る手作りピザはとても美味しかった。

そんな楽しい夏は子供達が大きくなっても
形を変えながらずっと続いていくと思っていた。

世界は明るく
毎日は穏やかに過ぎていく。
疑いもなくその頃はそう思っていたのだ。


ある年、彼女は突然病に侵された。


それは治療をしても残りの人生の短い期限を告げられた
信じられないような残酷な事実だった。

まだ子供達は小学生だった

そう聞いても最初はきっと何かの間違いだと思っていた。

奇跡はきっと起きると信じていた。

「あんなに心配したのに損したね」って笑い話になると思っていた。


でもどんなに祈っても

指の爪が手の甲に食い込むまで祈っても

叶わない願いがあることを生まれて初めて知ることになった。


治療の合間の体調が良い時期に
彼女ともう一人の友人とできるだけいろいろな所へ一緒に行った。

美味しいものも食べに行った。
旅行もたくさん行った。

心配事があるとすぐ胃腸の調子が悪くなる私よりも
食欲があって元気な彼女の姿に
これはきっと長い悪い夢を見ているのかもしれないと思ったりもした。


穏やかな日々はどんどん少なくなっていき
だんだんと体調が悪くなり、体力が無くなり
私は骨が浮き出るほど痩せた彼女の背中に掛ける言葉を
何回も頭の中で慎重に反芻して選べばなければならなかった。


「もう半年は持たないって」と彼女のご主人からそう
告げられたのは春がもうすぐそこまで来ていた季節だった。

夏の盛りのある日の朝
彼女の訃報の連絡を受けた。


彼女の葬儀は喪服が体に汗ではりつくようなとても暑い日だった。


全てを終えて車で彼女の家から帰宅する頃にはもう夕暮れ時だった。


薄墨色の空が広がる風景を乗り込んだ車の窓からぼんやり眺めていると
小さな光が一つふわふわと車の後をついてくるのに気がついた

その時走っていたのは、
林からも田んぼからも離れた普通の住宅街の道路だ。

「蛍? こんなところに?」

その光は
ふわりふわりと飛びながらしばらくついてきた後
徐々にスピードを上げる車から遠ざかって
次第に見えなくなっていった。

それは彼女が「さようなら」と手を振る姿だったような気がした。


それからも機会があるごとに彼女の家には寄らせていただいたが
あの蛍を見に行くことはもう二度と無かった



#不思議な体験

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