私とオリックス・バファローズ

オリックス・バファローズが強い。2021/10/04時点で2位ロッテと1.5ゲーム差をつけて首位に立っている。首位というのはこれほどまでにいいものなのかとしみじみしている。長年?オリックスファンを名乗っていたが、多分今が一番楽しい。

小学生の頃、私は巨人ファンであった。上原浩治、松井秀喜、斎藤雅樹、桑田真澄、仁志敏久、二岡智宏……パワプロでいうと5,6,2000あたりのときである。この頃はまだ結構テレビ放映が多く、私の住む地域であれば阪神戦か巨人戦は放映していた。父は巨人ファンである。父は鹿児島出身なのだが、聞くと映るチャンネルが少なく、それしか見れなかったからという理由らしい。私もそれに倣うかたちで、一番よく見ていた巨人が好きだった。

初めて球場で見た試合はオリックス戦であった。父がチケットを貰ったらしく、父と友達とグリーンスタジアム神戸(当時)で観戦した。その頃のオリックスは、イチローがシアトル・マリナーズに移籍した直後くらいだったと思う。谷佳知、ジョージ・アリアス、戎信行、大島公一が在籍していた、と思う。ジョージ・アリアスが阪神に奪われる前だったのは間違いない。田口壮選手はいなかったから多分2002年頃だろう。

初めての観戦で、オリックスが勝ったかどうかは記憶にない。多分負けたんだろう、暗黒期だし。それから、小学生の間に何試合かグリーンスタジアム神戸にオリックス戦を見に行ったと思う。まだ巨人ファンだった。

親戚のいる福岡でも、ダイエーホークス対オリックスブルーウェーブの試合を見た記憶もある。その試合ではオリックスの韓国人投手(多分ク・デソン)が敬遠をした。当然ダイエーファンはそれに対してヤジを飛ばす。「韓国に帰れ」などという声が聞こえる。小学生の私にはそういったことは慣れておらず、衝撃的であった。まだオリックスファンではなかった。パ・リーグで応援するなら地元だしオリックスかな……程度である。

2002年ドラフトで、そこまで特定の球団に肩入れしていなかった状況が変化する。木佐貫洋選手の入団である。

木佐貫洋選手、ご存知だろうか?私が最も好きな選手のうちの一人である。鹿児島県出身、亜細亜大から当時の自由選択枠で巨人に入団した。初年度から先発ローテを回し、10勝を挙げ新人王に輝いた。珍しい記録だと全球団勝利もある。150キロの速球、落差のあるフォーク、完投できるスタミナ。圧倒的な人柄の良さは球界に知れ渡り、いまでも木佐貫選手の話題になると「プロ野球カードを持ち歩いてた人」「鉄オタ」「謎ノート」などの話になる。多分。しかし、それらは大切な要素ではあっても決定打ではなかった。

私が木佐貫洋選手のファンになったのは、その名前にある。「木佐貫」という名字。私と一緒。それだけである。ちょっと検索すればわかるが、木佐貫姓の有名人はほぼいない。少なくとも、私にとって最も輝いた木佐貫さんである。察しのいい野球ファンならわかるだろう、後に木佐貫洋選手はオリックスに移籍するのだ。この頃は完全に巨人ファンだった。

中学生2年生のとき、西宮球場で草野球をする機会があった。この頃の西宮球場は取り壊しが決まっており、父の仕事仲間で最後に遊ぼうとか、そんな感じの理由だった。そこに何故か野球未経験の私も混じって参加した。

西宮球場。オリックスブルーウェーブの前身である阪急ブレーブスの本拠地である。米田哲也、山田久志、福本豊、ブーマー・ウェルズ……幾多の名選手がプレーしたあの西宮球場である。今は阪急西宮ガーデンズというショッピングモールになっている。取り壊し直前の西宮球場は人工芝が剥がれてるところもあり、正直ボロボロ以外の言葉がなかった。とはいえ、私の中で生まれる前の阪急ブレーブスというチームに多少の愛着が湧いたのは事実である。

その後はしばらく特になにもないまま時間が経過する。プロ野球再編問題もそれほど知らず、いつの間にかブルーウェーブはバファローズとなったが、特に高校では特段そういった話はなかったし、大学も世界で170人しかいないオリックスファンのうちの1人が先輩にいたが、オリックスファンを名乗るかといえば、そこまでではなかった。※オリックスファンがなぜ170人なのかは、2014年ホーム最終戦での森脇浩司監督(当時)のスピーチに由来する。

そんな大学時代、いよいよ木佐貫洋選手がトレードで巨人から移籍してきた。それ以降、木佐貫選手が日ハムにトレードされた後もオリックスファンを名乗るようになった。どこのファンかと聞かれたらそう答える程度で、今ほど詳しくはなかった。無援護だなぁ、とかそれくらいであった。大学は地元兵庫を離れプロ球団のないS県、最初に就職した会社もS県だったので、あまりそういう話題にはならなかった。そうこうしているうちに木佐貫選手は日ハムに移籍し、引退していた。

社会人を3年半経験して、仕事をやめて転職することになった。職場はなんとあのタイガースの本拠地阪神甲子園球場に近かった。これはまずい。いままでなんとなしにオリックスファンを名乗っていたが、「やっぱ甲子園近いし阪神ファンなん?」と聞かれるのは必至である。自分が阪神ファンならそれでいいだろう。なんら問題ない。しかし私は阪神タイガースが好きではなかった。ジョージ・アリアス、葛城育郎、星野伸之、平野恵一……奪われた、そう思っていた。理由は様々だがオリックスを去り、阪神に入団した選手たちである。逆もまあ、あるのだけども濱中治とか……私にはほぼ思いつかない。ちっ、人気球団め、本気でそう思っていた。いや、最近も糸井嘉男選手、西勇輝選手が出ていった。くっ。ともあれ、阪神ファンを名乗る気がなかった私はちゃんと試合結果を見るようになった。糸井嘉男選手がFAで出ていくちょっと前の話である。

それからはスマホアプリで速報を見たりダイジェストを見たりした。パ・リーグTVさまさまである。しかしえげつない弱さであった。福良監督になってから、Aクラスがない。正直弱い。山本由伸選手も当時は入団したばかり。

先発は金子千尋、西勇輝、ブランドン・ディクソン、松葉貴大、あと山岡泰輔。抑えは平野、セットアッパーは……誰?サトタツ選手は勤続疲労なのか、一軍で見ることはほぼなかった。打つ方はT-岡田、中島裕之、小谷野栄一、伊藤光、若月健矢、安達了一、大城滉二、ステフェン・ロメロ……悪くないはずなのにパッとしない。それでも、何度か京セラドーム大阪で観戦した。幸い観戦時の勝敗はそう悪くはなかった。

2018年も似たようなものだったが、悲劇が起きる。伊藤光選手がトレードされてしまった。それに続くように、シーズン終了後には金子千尋選手が日ハムに移籍してしまった。ちょっとファンやめようかと思ったりもした。

2019年シーズン頃から、DAZNで試合を見るようになった。これで一気に情報量が増えた。最下位だったが、やはり野球はいいなぁと思った気がする。西村監督のすぐ送りバントする流れは嫌いだった。

2020年開幕も、まーたすぐ送りバントして……って思ってたら、西村監督がシーズン途中で辞任してしまった。これもオリックスの好きではない一面である。シーズン途中で監督が辞める。石毛宏典、テリー・コリンズ、岡田彰布、森脇浩司。もはやお家芸である。しかし、監督代行になった中嶋聡現一軍監督はちょっと違った。ラオウ、大下、漆原、シーズン最終盤には紅林に宮城、2021シーズンを牽引する選手が一気に一軍に現れた。岸田護選手の引退スピーチにある「オリックスは強くなります」という言葉が、ファンから見ても現実味を帯びてきた。

2021シーズン編へつづく。多分。しらんけど。

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