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ショートショート『役に立つ本』
本屋に入るのは久しぶりだ。
本当は本屋になんて入るつもりはなかったのだが、日々の疲れで擦り減った心が癒やしを求めたのだろうか白を基調としたこの綺麗な外装に目を奪われ、気がつくと店内に足を踏み入れていた。
“こんなところにこんな綺麗な本屋あったかな”
そう思いつつ店内を眺めていると、初めて入ったはずなのにどこを眺めても見覚えのある景色のような気がした。
“あっ、思い出した”
私は一度ここに入ったことがあった。今の会社に入社して間もない頃。まだ社会に憧れを抱いていたあの頃。けれどあの時はもっと薄汚れていて、今にも潰れそうな雰囲気だったけれど。
もう一度辺りを見渡す。
至る所に知らない本がこれでもかと陳列されているのが見てとれる。
「うっ、眩しい」
過剰とも言える装飾がクリスマスシーズンさながらの絢爛さを醸し出しており、その眩しさに思わず目を細めてしまう。
しかし、そんな煌びやかな店内の中で一際輝いている本に目が止まった。
ポップに”今一番売れている本!!困ったときにはこれ!!”と書かれているそれは
『困ったときに役に立つ本』
というタイトルで、金色の装丁で出来ていた。私は不思議な魅力を放つその本を気づくと手に取っていた。
どんな内容なのだろうと中身を確認したかったが、生憎親切丁寧にシュリンク包装されていたため目を通すこともできずにレジで精算を済ませた。
本屋を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。帰り道は街灯も少なく、月明かりだけが私を明るく照らしている。
「はぁ、またよくわからないもの買っちゃったな」
存外高くついたこの本に不満を抱きつつ、いつにもまして足取り重く歩いていると遠くから足音が聞こえるような気がした。
気のせいかな、と思ったが耳を立てて聞いてみるとその足音が徐々に大きくなっていることに気づく。
「不審者・・・?」
怖くなり歩みを早めると呼応するように背後からくる足音のリズムも早くなっていく。
「逃げなきゃ!!」
必死に走るが、不審者らしい足音は振り切るどころか段々と間隔を詰めてくるのが分かる。
“このままじゃ助からない!!もうどうにでもなれ!!”
そう思った彼女は、踵を返し鞄を相手目掛けて投げつける。瞬間、鞄から一冊の本が飛び出し街灯の光の反射で燦然と輝いた。
「うわっ!眩しいっ!!」ーー
前方を見上げると不審者は目元を抑え唸っていた。
“逃げるなら今しかない”
そう思うと、彼女は投げた鞄を拾い上げすぐさま帰宅した。
「ーー怖かったぁ…」
一気に緊張が解け玄関に倒れ込む。
しばらくして、ふと我に帰り鞄の中身が紛失していないかどうかの確認を始めた。財布やスマホが無くなっていたら“事”である。
「良かった、貴重品は無くなってないや……あっ」
よくよく確認するとあの本だけが無くなっていた。
「まさかこんな風に役に立つなんて思わなかったな」
「でも、十分に効果を発揮したあの本には感謝しないと」
彼女は感謝の意を込めてもう一冊手に取ることに決めた。ーー
ーー「うわっ!眩しいっ!!」
年甲斐もなく弱々しい声を上げた俺は、徐々に遠ざかっていく足音を聞きながら段々と視界がはっきりするのを待った。
「ふぅ、本を売るのも楽じゃないな」
そう吐き捨てつつ、投げられた本を拾う。そして踵を返すと男は着ていた服を手元の鞄に収納し、同時に鞄から1枚のエプロンを取り出し身につけた。ーー
店に戻ると、先程投げられた本をまた元の場所に置き直す。
「困った時に役に立つ、か。よく言ったものだな」
そう囁き口元に笑みを浮かべると、男はカウンターに帰っていった。
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