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『テンセント - 知られざる中国デジタル革命トップランナーの全貌』を薦める理由

原著が中国で出版されたのは2017年、日本語に翻訳されたのが2019年10月。本書で描かれているのは2016年までなので、最新状況については2年から3年のタイムラグがあるが、この本の美点は、90年台半ばからのおよそ20年間に渡る中国のインターネットの歴史が丸ごと書かれていてそれが日本語で読めることにある。

その歴史がなぜおもしろいのか、現在のBATの隆盛を理由にあげてもよいが、私としては以下が目ウロコぽろりだった。

中国がアメリカと完全に異なるのは、インターネットが一つの新たな技術として自国に導入された頃、ちょうど一つの世俗的な商業社会に変わりつつあったことだ。かつてめざましく活躍していた評論家の洪波が考察したように、中国のインターネットはアーリーステージの非商業段階を経ていない。当初から資本の舞台だったため、インターネット自体の民主性や非中心性は、中国で広く注目されたことは一度もなかった。

上記で言及される「インターネット自体の民主性や非中心性」とはなにか。これも引用で説明の代わりとする。

インターネットの誕生以降、ネットの世界で一貫して信奉され流行している「自由平等、心の赴くままに」というネット文化と精神は、ヒッピー文化に似たものを内包している。ジョブズ、ジェリー・ヤン、ジェフ・ベゾスから、セルゲイ・ブリン、ザッカーバーグ、イーロン・マスクに至るまで、彼らはいずれも伝統的な意味での「アメリカ人」ではなく、一部は東欧、ロシアや台湾からの新移民である。ヒッピーの血が流れていない者はなく、皆学校を中退し、反逆し、自由と「邪悪になるな」(訳注 Don't be evil. グーグルの初期のスローガン)を信奉している。

このような背景からはじまった中国のインターネットの歴史を私がお薦めする理由は以下の2つに代表される。

1) シリコンバレー中心史観を相対化する最良のテキスト
2) プロダクトマネジメントと、その向こう側への注意

これについて説明する。

シリコンバレー中心史観を相対化する最良のテキスト

この本を読んで「だいたい知ってる」と思えるのは、おそらく、中国で暮らしながらこれらのサービスを実際に使用していたユーザーだけ。日本に暮らしているユーザーのうち、i-modeやLINEなどのモバイルのヘビーユーザーであれば「半分くらいは想像がついたり似たものを知っている」と思えるかもしれないが、GAFA+αのヘビーユーザーであれば「ほとんど初耳」という状態になるはず。

こうした状況を、シリコンバレー中心史観から眺めると、東アジアの「タイムマシーン経営」だとか、進化の隘路に陥った「ガラパゴス」だというふうに呼べてしまうのかもしれないけれど、実際にはそうではない。ということを私は韓国企業をルーツに持つLINE社での経験から本書を読む前から強く実感していたわけだが、この本を読み終えた多くの人は、同じようにシリコンバレー中心史観から脱して、より相対的に現在のマーケットを見ることができるようになるだろう。MSN MessengerがWindows Liveに吸収されてプロダクトとしての死を迎えるなか、QQは大躍進を遂げていく。もしそれを単なるパクりとして誹るのなら、その後のTencentの隆盛は説明がつかない。彼はどのようにうまくやったのか?

こうした視点を獲得できる本であるということが、本書を薦める第一の理由である。

プロダクトマネジメントと、その向こう側への注意

2つ目の理由。この本の美点は、Tencentの創業者でありQQのPMであったポニー・マ(马化腾)と、FoxmailのPMにしてWeChat(微信)のPMであるアレン・ジャン(张小龙)というふたりのプロダクトマネージャーの哲学が、過去の行動と発言から明らかになっていくところにある。そこに膝を打つような表現があった。以下はポニー・マの発言。

現在のインターネットプロダクトは、もはや早期のような単体ソフトウエアではなく一種のサービスに近い。したがって、設計者と開発者にはしっかりとしたユーザー感覚を持つよう求めたい。必ず、自分のプロダクトの忠実なユーザーでありつつ、自身の触角を他のユーザーに伸ばし、彼らの本当の声を感じ取らなければならない。そうしてこそ、不完全なところから完全なところへと少しずつ着実に近づける。

さらに彼は、2004年の段階で次のようなことを言っている。

馬化騰は早くも2004年に、インターネット企業には技術の駆動、アプリケーションの駆動、ユーザーとサービスの駆動という三つの駆動力があり、テンセントは三つ目の力の育成に力を入れる、と語っていた。

スマートフォンの登場以降、アプリインターネットが主役になってから、「プロダクト」や「プロダクトマネジメント」という言葉がもてはやされるようになった。しかし、ポニー・マがその重要性を強調しているのは、それらを包含したより広い「サービス」でありその生態系である。
ここでいう「生態」はエコシステムだとかエコロジーの意味で、それは本書にくり返し登場し、かつまた、まさにその名を関した「生態チーム」がTencentには存在する(中の人から聞いた)。コンテンツチームやプロダクトチームといった固定化された対象を示す部門名ではなく、その流れを意味する名前を関した部門があるところに、Tencentの思想の一貫性を感じる。そうした考えを学べるところも、本書を薦める理由である。

この本のその後

この本が対象とする2016年より先、TencentはWeChatをとりまくサービスの完成度をさらにあげることに成功しながら、しかしToutiaoやTikTokを擁するBytedanceに追い上げられることになる。ここから先は、自分で調べよう。


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