加害者にならないために

以下は、2022年度の俳句同人誌「豆の木」に載せていただいたものです。
この時点で、プロジェクト「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」からのアンケートは送付されていましたが、アンケート回答は未公開の状態でした。そのことを踏まえてお読みいただけましたら幸いです。

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加害者にならないために
-プロジェクト「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」に応えて-
                                  

 最初に書いておくがこれは快い話ではない。でも、どうかスルーしないでほしい。あらゆるハラスメントは自分には関係ない、少なくとも自分のいる詩歌の場にはそんなものは存在しなかったし見たこともない、そういう場には行かないから今後も関係ない、と片付けないでほしい。人は見たいものしか見ない。そして見ようとしなければ見えないことはたくさんある。
  連句人の高松霞さんが行ったネット調査「短歌・俳句・連句の会でのセクハラ体験談」では、詩歌の場でのセクシャルハラスメント被害者の声をあつめ、専門家による分析とともにHPに掲載している(参考:https://note.com/kasumitkmt/n/n05c3c0416cce)。
さらに高松さんを発起人としたプロジェクト「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」は、以下の3点を全国346の結社・同人誌等の主要団体に提出した。これらは豆の木にも送られてきている。

(1)「報告書」(「短歌・俳句・連句の会でのセクハラ体験談」で寄せられた110件の体験談と支援の声)
(2)「要望書」(セクハラを許さないという姿勢を口頭ではなく書面で示してほしい、そして専門窓口を作ってほしいという2点)
(3)「パンフレット」ジェンダー法学者の山本千晶さんを監修者に、短詩界におけるハラスメントガイドラインにしたもの)

この動きに対して各結社・同人誌からの回答がどのように送られてくるのか、またはスルーされて送られてこないのか、現時点では定かでない。回答もセクハラ問題への対応もべつに義務ではない。多大な労力を割いて結社や同人誌を運営している側になってみれば、自分たちの場の不備を指摘されているようで不愉快に感じる人もいるだろう。場を維持するために身を削って努力を続けているのに、見知らぬ人から「あなたの運営している場にはセクハラがあるか、または今後起こるんじゃないですか?それについて対応お願いします」と言われるようなものだ。不快感がムクムクと湧いて当然である。その気持ちも、わかります。

 でも、今までの詩歌の場に関する記憶の引き出しを開けて、よくよく考えていただきたい。今までに詩歌の場でセクハラ・パワハラを見聞きしたことはないですか?一回もない?ほんとに??そして、見聞きしたことがある人にさらに伺いたいのだが、「場や組織として」適切な対応がとられていましたか?これはあくまで私の予想だが、何らかのハラスメントを見聞きしたことのある人はおそらく大半、そして適切な対応が「組織として」取られたことは少ないのではないか。 
もちろん、ハラスメントを見聞きした経験が一度もない幸福な人もいるだろう。実際その人が所属した場所のどこでも、そんなことは起こらなかったのかもしれない。でも、それは眼に入っていないだけかもしれない。過去にあなたの結社を何も言わずに辞めていった人の中には、もしかしたら被害者が含まれているかもしれない。出席した同じ宴席のどこかでそんなことがひっそり起きていたのかもしれない。被害者はたいがい誰にも相談せずにやめていく。心を許した友人にだけ、そっと言うことがあるくらいで。だからほとんど公にはされない。
そうしたハラスメントが原因で、詩歌の場を去っていった人を複数知っている。自分もセクハラがあってもスルーして、その場でNoとは言えなかったことがある。されて不快だったことは何年たっても忘れがたい。

ところで、みなさんには自分が何らかのハラスメントの加害者になった記憶はあるだろうか?
私にはない、とここで書けたらよかったのだが、残念ながらよく考えてみれば身に覚えはたしかにあるのだった。それも一回ではなく、ごく数年前までを含めて、たくさんある。考えれば考えるほど、あの発言はアウトだったのではとか、相手はその場では何も言わなかったけど嫌な思いをさせていたのではと思われる記憶が出てきてしょんぼりする。自分はあまり考えず軽率にものを言うほうで、ハラスメントのことを真剣に考え始めたのも割と最近のことだ。気づかずに加害者になっていたことは、きっと自分自身が覚えているよりもたくさんあるだろう。こんな文章を上から目線でエラそうに書いている場合なのか、と筆を折りたくなってくる。
ハラスメントは権力差があるほど起こりやすい(必ずしもそうではないが、少なくとも繰り返して行われる場合は)。年齢勾配があれば若年者が、地位の勾配があれば低い側が、多数派少数派であれば少数の側が、また技術を学ぶ場では初心者の側が被害者になることが多い。男性から女性へのセクハラが事例として取り上げられがちだが、同性間や女性から男性、シスジェンダーからトランスジェンダーへのセクハラももちろん存在する。結社や同人誌といった閉じたコミュニティでは、加齢するほど・また技術が優れるほど(少なくともうわべの)パワーバランスの中では優位に置かれやすい。生きていれば加齢するし、技術は続ければ向上するものだと考えれば、閉じたコミュニティの中で自分が加害者になる可能性は、この先ゆるやかに高まってゆくともいえるだろう(!)。残念すぎる。
 他人と交わらなければ一番いいのだろうが、一人でやるのには限界がある。人と切磋琢磨していい句を書きたいし、たまには仲間みたいな人たちとお酒を飲みたいし、楽しいこともしたいし、場に還元もしていきたい。でも誰かにいやな思いをさせたくはない。

 おそらくハラスメントにもグラデーションがあって、一つの分け方は悪意があるものと特に悪意はないものだ。前者はもう防止のしようがないが(悪意なので…)、後者は人の意識を変えれば起こりにくいし、仮に1度起こってしまっても2度目以降は防げるんじゃないかと自分は考えている。つまり、目の前でハラスメントと取れるものが起こったときに「あ、それはまずいですよ」とナチュラルに指摘できる人がいれば、その後の加害の回数は少なくなるのではないか。指摘&本人の自覚&改善のプロセスがなかったらその人は今後も参加中ずっと(悪意なく)その行いを繰り返すかもしれない。繰り返される加害は、被害者側にとってはもちろん悲惨だし、加害者側にとっても実は悲惨なことだ。
 想像してほしいのだが、自分が加害者の立場になって、知らず知らず他人にハラスメントを繰り返して、ある日突然ものすごく糾弾されてたくさんの人に恨まれながらコミュニティを追い出されるよりも、まだ傷が浅いうちに「それはまずいよ」「あ、ごめん、良くなかったね、次から気をつけるわ」っていうやりとりをできるほうがはるかにマシではないですか??私はそういう世界がいいです(もちろん簡単に許されるかどうかはその行為の内容にもよると思うが)。
そうした「お互いに気をつけられる」環境を組織として作るために、ハラスメントポリシーの作成やハラスメント相談窓口の存在にはある程度意味があると思う。ただ、ポリシーや窓口を形だけ作るだけでは意味がなく、頻繁にポリシーの中身をアナウンスしたり、窓口が健全に機能しているかさらにチェックするような仕組みも必要になるだろう。

今後、ハラスメントの加害者にならないために、個人では何ができるだろうか。
それは、シンプルに学習と軌道修正であると思う。「他者への思いやりを持とう~」みたいなフワっとした話ではない。そもそも、詩歌の場に他者への悪意を持って参加する人はそんなにいないだろう。おそらくそれぞれ、思いやりはそれなりに持っているはずだ。しかし他人への悪意ではなく善意が、または過剰な好意や好奇心や遠慮のなさが、トラブルにつながる場合もある。
何がハラスメントに当たるのかという実例は日々変わっている。自分の体感で、この数年でもだいぶ変わってきた。具体的には、たとえば先述したネット調査「短歌・俳句・連句の会でのセクハラ体験談」には、詩歌の場で起こったハラスメントについて、専門家の解説つきの実例がいくつも掲載されている。それを読むことも学習の一つの手段になるだろう。また詩歌とは関係ないが、厚生労働省のHP(https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/learning/)にも無料で見られるオンライン研修講座の動画がUPされており、分かりやすい。

ちなみに私自身が詩歌の場でもそうでなくても、最近気をつけていることは以下の2点だ。

①    相手のセクシャリティを勝手に決めつけない。目の前の人がシスジェンダー・ヘテロセクシュアルとは限らない。特にパートナーや結婚の有無について、本人が言わないかぎり基本的にこちらからは聞かない。
②    身体的にも精神的にも、距離感を慎重に取っていく。いきなり距離を詰めない。
 
 どちらも考えてみれば当たり前のことではあるが、その当たり前のことが、以前の自分にはできていなかったように思う。

そんなわけで、このような働きかけに不快感を抱く人はいるだろうが、みなさまにはむしろこれを絶好のチャンスと捉えていただきたい。自分が将来加害者になる可能性を減らすチャンスだ。
高松さんからの問いへの回答はあくまで結果だ。重要なことは上に書いたように、私たち自身がこのような問題に関する学習と軌道修正を繰り返すこと、組織としてはセクハラ(と捉えられる言動)があればお互い気軽に注意しあえる環境を作ることだと思う。ハラスメントは人間同士がかかわる以上0にはならないが、せめて繰り返されるのを止めて、全体数を減らすことはできる。

できる限り被害者を出したくないし、加害者にはなりたくない。でもこんなことを書いていてもいつか、なってしまうかもしれないな…。どうか、自分自身も周りのひとも加害者にならないよう危機感を持って、良い俳句ライフをお送りください。


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