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スイス市民の大いなる挑戦-人類史上初の通貨システムを変える国民投票

2018年6月のスイスの通貨改革の国民投票について詳しく書く。

スイスでは、リーマンショック後に銀行救済のために巨額の公的資金が投入されたことを受けて在野の経済理論家であるハンスルーディ・ウェーバーさん達が署名活動を開始して10万筆を集めた。この憲法改正の国民投票のポイントは、「中央銀行だけが通貨発行する」というもの。多くの人が知らない事実だが、実は私たちが使っているお金の90%以上は民間銀行が誰かに融資する時に通帳と帳簿へ数字を印字した瞬間につくられている。これが信用創造。私企業の利益目的で通貨が発行されているために、バブルとその崩壊が繰り返される。だからそれを禁止して民間銀行は中央銀行から全額融資を受けて、つまり多くの人たちが思っているように金融業を営むようにしよう。それによって中央銀行が融資を適切に管理することによってバブルが防げるだけじゃなく、金融セクターにばかり流れていく資金をより実体経済に向けることができる。

同様の主張は、1929年の大恐慌の時から一部の経済学者たちが繰り返し主張してきたことだ。一番有名なのは、当時ケインズと並び称される学者だったアーヴィング・フィッシャーで、後にミルトン・フリードマンも同じ主張をしている。結局、アメリカ政府はこれを採用しなかったものの、この「フルマネー、100%マネー」を求める運動は今でも世界各地である。特にスイスの市民達はこれに加えてドイツの経済学者ヨセフ・フーバーの主張である「借金としてではなく経済循環に直接通貨発行できる」という条項も憲法に盛り込もうとした。これによって行政や国民に中央銀行が直接通貨発行ができるようになる。

私は、この活動をずっと支援する中で、日本にメンバーを招いて講演会を開いたり、関連資料を翻訳してリリースしたりしてきた。(このイニシアチブの詳細はこちら)

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結局、この国民投票は賛成が25%にとどまって否決された。みどりの党以外の全政党や銀行協会など既存の産業勢力はすべて反対を呼びかけた。さらに中央銀行は政治介入しないのが不文律だけど、この時はスイス国立銀行が異例の反対声明を発表、市民たちと大論争をしている。そして、反対の理由は突き詰めると「前例がないから危険」だけだった。もちろん、今の危険な金融システムを安定させるために彼らはイニシアチブを起こしたわけだから、理由になっていない。経済学者のチャールズ・キンドルバーガーは金融危機はおよそ10年周期で起こってきたと言っている。今回、予想より投票が早まったのは、次の金融危機の前に投票を終えてないと厄介なことになると政府が判断したんじゃないかという噂も現場では流れていた。そして、市民はもちろん反対派との論争には負けていなかったが、国民に彼らの主張を浸透させることはできなかった。

報道については、マスメディアは例えばフィナンシャル・タイムスはこの国民投票について10回も報じたが、賛成反対両意見を伝えて概ねフェアな扱いだった。投票前の世論調査では最高39%が賛成で、それを見た時は、もう少しで本当に世の中が変わるかもと心が躍った。

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ただ、何より問題だったのは、投票後の世論調査で「スイス国立銀行はスイスフランの発行に責任をもつべきか?」という質問に対して8割がイエスと答えた。つまりスイス国民のおよそ5割は通貨は全部中央銀行が発行していると思ったままで、なんのための国民投票なのか理解していなかった。そして自分たちにどんな利点があるのかも理解できなかった。スイスでは3ヶ月ごとにおよそ3項目の国民投票が行われ、投票の1ヶ月前には、賛成と反対の意見が同じだけ書かれた公報誌が郵便投票用紙と一緒に送られる。圧倒的に世界一国民投票をこなしている国民でさえ、悲しいかなこれが現実なのだ。

このイニシアチブを追いかける中で、私の中で確信となったのが、中央銀行がベーシックインカムをすべての個人の発行した上で、本来の彼らの役割である物価の安定ができれば、それがすべての国民にとって最適な制度と言えるということだ。それがChange.orgでの提案「ユニバーサル・ベーシックインカムを基本的人権として憲法に盛り込もう」だ(署名ページはこちら)。
そう、何より通貨システムも、変えることができる私たちのルールであることを多くの人が理解することは本当に大事なことだ。

いずれにせよ、こんな難しい問題に10年の歳月と多くの汗、有志の寄付で国民投票を実現させた市民たちは本当に偉大だ。投票後、活動をほとんどやめてしまったのは、残念なことだが、その取り組みを知る人を増やしてさらに発展させていくことは、私たちの使命だと思う。

インタビュー動画はこちら


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