NGO・NPO職員が日本社会から受けるアンコンシャスバイアス

私は途上国の教育支援を実施するNGOで、2015年9月から2020年3月まで、有給で働いてきました。NGOの正職員として働く中で、日本人の友人との会話や日本の番組などを通して目に見えないプレッシャーを感じてきました。そのプレッシャーは言葉として明示的に伝わってくるものもではなく、多くがその言葉の裏にある意図や論理として暗示されるものでした。そしてそれらのプレッシャーの多くが無意識の思い込みや偏見=アンコンシャスバイアスに基づくものであったなと思っています。このアンコンシャスバイアス、厄介な点が2つあります。1つ目がアンコンシャスバイアスを持っている本人がそれに気づいていない点。もう一つがその思い込みがそれとなしにNGO職員の行動や態度の要請に繋がる場合があることです。そのようなアンコンシャスバイアスを継続的に浴びせられると、現在NGOで働いている人の仕事へのモチベが低下したり、今後NGOを仕事にしたいと思っている人のやる気を殺いでしまう可能性もあります。この記事では、私がこれまで受けてきた5つのアンコンシャスバイアスを紹介します。NGO職員が日々暗に受ける風当たりを知ってもらうことで、少しでも日本社会がNGOやそれに携わる人たちを理解し、寄り添ってもらえたらなと思っています。

本記事は国際協力を行うNGO/NPOを想定して話していますが、日本で活動を行うNGOにも当てはまるケースも多くあるのではないかと思います。NGO、NPOってそもそも何なんだっけ?という方はこちらの記事をご覧ください。

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1.無償で働け

NGO職員は無償で働け。このアンコンシャスバイアスを受ける回数が一番多いです。友人や知り合いから直接言われる機会はありませんが、遠回しにNGO職員は無償で働くものでしょと匂わされることがしばしば。ヤンゴンのゲストハウスで旅人の日本人の方と出会い、ミャンマーでの仕事について一通り話した後にこう聞かれました。

「で、生活はどうしているんですか?」

有給の職員なので、給料を頂いていますよ、と伝えたのですが、ポカーンとした感じで「あぁそうですか」と返答がありました。もちろん緊急時など、無償のボランティアを受け入れるケースはあります。しかしNGOの仕事は正規職員であってもボランティアで無償で行うものだという固定観念が日本社会には根強く残っていると思います。

また善意でNGOに寄付をしてくれる方の中にも潜在的にNGO職員は無償奉仕をすべきであると潜在的に思われている方がいらっしゃいます。一番よくあるケースが、「寄付はしたいけど、寄付したお金は全て活動に使ってほしいと」というお願いです。お気持ちは分からなくはないですが、その寄付を活動に回すための人は誰が養うのでしょうか。

国際協力NGO職員の今」というブログでも書いたのですが、若い世代を中心に国際協力NGO職員の学歴レベルは上がっていて、有給職員の実に34%が修士・博士卒という状況になっています。日本の22歳人口と比較した場合の修士課程入学者の割合が5.5%なので、NGO職員の学歴が非常に高い水準であることが分かります。近年NGOが担う役割は高度化・複雑化しており、NGOが求める人材の専門レベルが高まっているのが一因であると考えられます。大学を卒業して一般企業で働いていれば得られたであろう収入(機会費用)を放棄し、かつ学費分も余分に負担し大学院で必死に勉強した後で、NGOでその専門性を生かそうと思っていても、無償奉仕では生活が成り立ちません。日本でNPO法人の法人格を持つ有給職員の給与は231万円で一般企業の487万円よりもはるかに低いレベルです。学生や一般企業を経験してNGOへの転職を考えている人にとっては失う機会費用が大きすぎで、草の根の現場で活動したいという思いを持っていても、企業、国際機関、政府系機関、コンサルなどでの仕事を選んでしまう人が多くいます。もちろんNGOの組織力の問題もありますが、NGO職員は専門家ではなく無償で働くものという日本社会の潜在的な固定観念が、寄付文化を醸成せず、結果としてNGOの厳しい台所事情に繋がっているとも言えるのではないかと考えます。

2.男性で良くできるね

男性で良くNGOで働けるね。この目に見えない圧も良く感じます。もっと言えば、NGOは無償または低賃金で働くんだろうけど、男性としてどうやって家庭を養うんだという圧です。男性が家庭を養わないといけないというジェンダーステレオタイプが、NGO職員で働く男性に向けられます。確かに一人のNGO職員の平均給与だけで、日本で子育てをするのはなかなか難しいです。ただ男性はNGOで働いてはいけないんでしょうか。教育分野は特に女性が多い傾向があり、日本の国際協力NGO3団体に関わりましたが、周りの職員は女性が多かったです(単に優秀だからという理由もありそうですが)。NGO理事など役職レベルになるとジェンダーバランスが逆転する場合が多く、サルタックジャパンの理事のジェンダーバランスも常に議論の的になっています。NGO職員は男性が就く職業ではないという潜在的なジェンダーステレオタイプによりNGO職員になるのを諦めてしまう人もいるのかもしれません。

3.プライベートの問題もNGOマインドで解決しろよ

NGO職員として仕事面で果たすべき役割を、NGO職員のプライベートにも押し付けてくる人がいます。私がプライベートで人間関係で揉めていて、その問題への向き合い方について話しているときに、友人から、それってあなたが解決しようとしている途上国の問題と構造は同じじゃないの?と言われました。これは非常に傷つきました。友人としては構造が似ているという点を強調したかったようですが、途上国の教育に携わっていない人にはこういった物言いをしないでしょう。実際の私のテーマは異なるのですが、百歩譲って仮に私が途上国で向き合っている課題が、いがみ合っている人たちをいかに教育を通して仲直りさせるか(例:教育の平和構築)だとすると、その課題と、あなたがプライベートで人といがみあっている問題は同じだということになります。None of your business!です。仕事で途上国の課題解決をやっているから、プライベートで人とぶつかってはいけないんでしょうか。仕事と同じような方法で、プライベートの問題も解決する必要があるんでしょうか。私がNGO職員だから、途上国の教育改善を志向しているからといってそこまであなたに私のプライベートの問題にまで介入する権利はないでしょう。

4.国連やアカデミアからの見下し

同業の国連やアカデミアの方からの見下し。これは全ての人ではなく、一部の人から感じます。途上国の教育を研究している研究者から、私も時間があったら”そういう”仕事をしてみたいですね。と言われました。彼の発言の裏には私はフルタイムの研究をする身だけど、時間や余裕があったらNGOのような慈善活動もやってみたいですねという意図が無意識にありました。同じ国際協力に携わる仕事の中でも、アカデミア、国連、JICA、コンサルと、日本のNGOの間には給与、発言力、職業威信の面で格差が存在しています。だからといって、NGOの仕事を余裕があったら片手間でやってあげてもいい仕事と思われたら困りますし、その上から目線何様だよと思いました。


5.すごい人ですねプレッシャー

すごい人ですねプレッシャー。これも無償で働け圧と同様、受ける機会が多いです。久しぶりに会った友人から、NGOでの仕事について聞かれ、すごいね....と言われる回数が非常に多いです。このすごいね、傍から見ると賛辞のように聞こえるのですが、人によってはすごいねの言葉の前後に、清貧、無償、無私で働いているなんてすごい、BUT私にはできないけどね...という隠れたメッセージがくっつきます。海外の田舎で働く日本人を取り上げる番組のせいでしょうか、途上国のNGOで働く日本人をマザーテレサのような高尚な存在のように見てくる人がいます。自分の生活を投げ出し、人々のためだけに働くスーパー善意の塊人間。もしかするとこういったNGO職員のイメージゆえに寄付が職員の給与に使われなくても職員はやっていけるし、人生に満足していると潜在的に思われてしまうのかもしれません。勝手に違う世界に住んでいるスーパーマンのように見られるとすごく違和感があります。NGO職員だから、常に人に優しく、節制した生活を送らないといけないんでしょうか。私たちもあなたたちと同じように、悩み、怒り、人を愛し、美味しいものを食べたいと思う一人の人間です。確かにやっている仕事や住んでいる国が違うため、イメージが沸かないかもしれませんが、そこには小さな悩みで悶々としたり、恋をしたり、イタリアンも食べたくなる生身の人間の存在を想像してくれたらなと思います。

まとめ
以上、私が感じる日本社会のNGO職員へのアンコンシャスバイアスを5つ紹介しました。直接的ではない分、余計心がもやってしまいますし、すごくやる気をそがれます。私たちNGO職員は宮沢賢治のような質素な生活を送り、マザーテレサのような無私・清貧の心を持ち、無償奉仕をしないといけないのでしょうか。必ずしもそうなる必要はないですし、それを周囲の人から求められる必要もありません。また現在NGOで働いている人全てが善意やボランティア精神ゆえにNGOで働いているかというとそうではありません。しかし、今の日本社会には上で挙げたようなNGO職員に対する無意識の思い込みが多く存在し、その思い込みを何度も浴びせられるがゆえに苦しんでいるNGO職員もいるのではないかと思います。

この記事を読んで、NGO職員の風当たりは強いから、目指すのはやめておこうと思われてしまうのは本意ではありません。NGOの仕事やその意義を理解し尊重してくれる人もたくさんいますし、待遇の改善に成功した団体もあります。
国、企業、国連ができない分野に果敢に挑戦している素敵な人たちもたくさんいるので、若い人には是非その熱意を持ち続けてほしいです。現在NGOに関わる私たちが、NGO側の組織体制を改善し、専門家として人を雇う機会を増やしていくと同時に、日本社会側のアンコンシャスバイアスも変えていくように努力をしていきます。

この記事を読んだ人の中で、NGOの活動を支える側も支えるという視点を持ち、一人の人間として、NGOで働く人たちに接してくれる人が少しでも増えてくれると嬉しいです。

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