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国際バカロレアから考える低・中所得国の教員政策(後編)

こんにちは!サルタックインターンの村瀬と申します。前回はIB教育についてお話しました。今回は、私が修士課程で研究しようと考えている低所得国における教員養成の展望についてお話しようと思います。

IB教育について学んでいると、教師に求められるスキルや教授法、クラスルームマネージメントを講義で学ぶ機会や、それらについて仲間とディスカッションする機会が多くあります。そのような機会を通じて、IB教育の制度や概念を、低中所得国での教員政策に取り入れることができるのではないかと考えるようになりました。

これを大学院で研究するために、まずそのような国の教員養成においてどのような課題が存在しているのか調査しました。その結果、大きく分けて2つの課題が見つかりました。それは教員の質と教育資源不足です。

教員の質の課題

論文で教員養成について調べていると、教員の質の向上について取り上げているものが多く存在しました。教員の質は今回読んだ論文のアジア、アフリカ、南アメリカ、全ての地域において問題となっており、世界的に解決しなければならない課題ということがわかりました。そこで、まず質の高い教員とはどのような能力を持ち合わせている人物だと考えられているのかを調査する論文を読みました。

Pantic, N., Wubbels, T. & Mainhard, T. (2011)はバルカン半島*の2,354人の教師、教師教育者、教員養成を受けている学生に対し、教員として必要な能力とはどのようなものか調査を行なった研究です。参加者に対して以下の4つの能力に対し1-5で重要度を示してもらい、どの能力がより重視されているのかを示しました。

⑴自己評価と専門性の向上
(2)教科知識、教育法、カリキュラム
(3)教育システムの理解とその発展への貢献
(4)価値観と子どもとの関わり

結果は⑴自己評価と専門性の向上、(2)教科知識、教育法、カリキュラム、(4)価値観と子どもとの関わり、の3つが重視されており、(3)教育システムの理解とその発展への貢献、は他の3つに比べて重要度が劣ることがわかりました。上記に示されている4つの能力は全て教師にとって重要な能力だということを前提として考えると、このような結果が出ていることはとても興味深いと思いました。なぜかというと、能力(1)、(2)、(4)は全て子供と関わる上で直接的に関係のある能力(教室内で行われる)であり、(3)は子供と接する上で直接的には関係しない能力(教室内で行われない)だからです。子供達と直接関係のある能力に焦点が当てられがちなことがわかりましたが、IB教育を学んだ際に教育システムを学び、その概念を理解することの重要さを学んだ私は(3)教育システムの理解とその発展への貢献の能力にも5をつけるのではないかと思いました。

(*バルカン半島:ヨーロッパの南東部に位置し、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、北マケドニア、モンテネグロ、セルビアの5カ国を意味する。1990年代には独立をめぐり大きな民族紛争に発展。長くにわたり混乱と不安定な情勢により、経済発展が遅れてたものの、近年では目まぐるしい成長を遂げている)

続いて、Luschei, F. T. (2012)が行った生徒のテスト結果と教師の持つ特性の関連を調査した研究では、毎年行われる教員が対象の試験や州ごとに行われる研修の評価が高いほど子供達の学習達成率(クラス平均)も高くなることを示しました。試験内容は教科の知識が半分と教授法が半分程度を占めています。教員の評価は子供達に直接的に影響するという結果は教育の質を向上させるために非常に重要な結果です。しかし、テストや研修の評価が高い教師ほど都市部に留まり貧困レベルの低い地域で教鞭をとることがほとんどである一方、評価の低い教師は地方の学校で勤務するという実態も明らかになりました。これでは都市部と農村部の教育格差は広がるばかりです。さらに農村部で大きな問題となっているのが教育資源不足です。調べていくうちに教育資源不足は教員の質の向上に深刻な影響を及ぼしていることがわかりました。

南アジア8カ国が参加するThe South Asian Association for Regional Cooperation (SAARC)を対象とした教員養成プログラムの比較研究ではその傾向が顕著に示されています(Madhavi, R. L., & Pushpanadham, K. 2011)。この研究では大きく分けて二つの課題が挙げられていました。一つ目は教員不足による教育の質の停滞です。どの国も修了書やディプロマなど資格取得の機会は提供されているものの、教員養成を受けている生徒が少なく人手が不足していることから、資格取得や修了基準に達していない場合にも妥協して合格としてしまうことがあるようです。そのため、教員の質が向上せず、教育の質も向上しません。そして二つ目の課題は物的資源の不足です。学校に必要な電力、教材、器具などが不足することで、教員が準備教育や研修で学んできたことを発揮できなくなっています。

人員不足、そして物的資源の不足が問題になっているとわかった後、そもそも論文が議論している教育資源とは具体的に何を指すのか整理する必要があることに気がつきました。

教育資源とは?

教育資源に関する論文を読む中で、それは大きく4つに分類できることがわかりました。それは、
人的資源
物的資源
時間
財政的資源

です。人的資源は教員、事務員、生徒、保護者、地域住民、その他学校運営に関わる人員全てを指します。そして物的資源とは教室、職員室、車両、保健室、図書館、研究室などが含まれ、直接的または間接的に教育実施に貢献するものです。時間は、授業構成や管理活動のさまざまな段階やタスクに、時間が適切に配分・確保されていることです。最後に財政的資源とは、学校の円滑な運営に必要な資金であり、あらゆるシステムの生命線とみなされています。効果的なパフォーマンスが発揮されるためには、必要な施設、設備、電子機器、通信機器などを調達するための資金が必要です。さらにこれとは別に、事務職員、学務職員、非学務職員の給与を支払うためにも資金が必要です。これらを可能にするために学校運営に十分な資金を配分することは、教育実施だけでなく、教育活動の持続可能性を高めることにもつながります(Usman, 2016)。

これらの教育資源を十分に確保・分配することで学習に適した教育現場になるとともに、学校成果(School effectiveness)を高められることがわかっています(Sulyman, 2020)。しかしIB教育の概念を基に考えてみると、現在の低中所得国の教育資源分配は以下のような教師中心型資源分配の状態にあり、必ずしも教育資源が十分に確保されただけでは上手く行かない可能性に思い至りました。

教師中心型資源分配は従来の日本の学校教育で行われる分配方法に酷似しており、教師が一方的に教育を与える受動的な教育方法と並行して行われています。モデルを見てみるとわかるように矢印が全て一方方向で教師に資源活用の権限が集中していることがわかります。主導権が全て教師にあることで生徒達の自主性が刺激されません。そしてモデルの色は途上国における根本的な資源不足の度合いを表現しています。低中所得国の場合、物的資源が極端に不足している地域、物的資源と人的資源が同時に不足している地域など資源分配が十分に行われていないことがあります。(Sulymanet al., 2020) そのため不完全であるという意味を込めて黄色になっています。少ない資源の運用は教師の力量とは別の問題となり、結果的に生徒には限られた資源しか分配されず赤くなっています。

教師中心型資源分配に対してIB教育の概念を参考にしつつ、私なりのモデルを開発してみました。

教師中心型が縦の一方通行型だったのに対し、私が考えるモデルは横長で生徒と教師が相互関係にあることが特徴です。2つのモデルで大きく違う部分は誰に裁量権があるかというところです。わかりやすいように表を作ってみました。

IB教育の概念とカリキュラム内容を可能にするためには、次のような教育資源配分が為されている事が前提条件になります。まず時間においては、教員が授業時間を決める教師中心型に比べ、授業で与えられた時間だけでなく、生徒中心型では課題論文(EE)や課外学習(CAS)のように生徒たちが時間の管理を行っていなければなりません。続いて物的資源では、IB教育独自のコア教科であるEE、CAS、TOKを行うことで主体的に考える力、そしてIBの使命でも出てきた国際的な視野を養うための機会が得られます。そして教師に対しては国際バカロレア機構が保有する世界共通の教育リソースがネットで公開されているので、それへのアクセスがあれば授業の質向上が図られていきます。人的資源ではIB教員を養成するために学校が組織的にワークショップへの参加を促し、学校全体で教育の質を高めている状態が必要です。これによって子供達に対して様々なアプローチやフィードバックを行うことができます。人的資源、物的資源、時間、財政的資源の全てが保障され、全てのカテゴリーが青くなっていることで、IB教育が実現されます。

このモデルを開発する過程で低中所得国における教員養成の課題は学校組織単位で解決できる問題とそうではない問題が存在することがわかりました。国や地域が学校に対して適切な経済的支援を行わなければ適切な資源分配はされず、教員も育成できない一方で経済的支援のみを行なったとしても資源分配の方法を学ばなければ有効に活用することができません。また、今回は既存モデルと村瀬モデルの2つを比較しましたが、時には既存のモデルと村瀬モデルのハイブリット型である第三のモデルや全く違うモデルを開発しなければならない場合があります。例えば、時間、物的資源、人的資源のどれかが十分に手に入らない場合です。この3つのどれかが極端に不足している場合は時その他2つの資源、またはそのほかの資源(ITや地域の力など)でいかにカバーするかが重要になりますし、教育機会を提供する立場からの視点に置き換えると教員が全ての資源を一括管理し適切に再分配する方効率的かもしれません。常に同様の型に当てはめることができないのが教育の面白さであり、難しさであると改めて実感します。今回は特定の地域を設定し研究した結果ではありませんが、修士課程では地域を決め「適切な」資源分配とはどんなものなのか、国家の教育政策や教育費用の分配についても学んでいきたいと思います。

最後に

大学4年間でIB教育を学び、クリティカルな視点を持つことの重要さを学んだ今、私にとってIB教育は理想的で画期的な教育であると感じる一方、現時点で途上国の教育に貢献できるほど汎用性の高い教育システムではないと感じます。日本に限定しては高大接続の充実など既存の教育システムの見直しとIB教育との共生という面に力を入れていくべきだと感じます。途上国においては教育資源が充実していない中でIB教育のシステム全体を導入するのは無謀ですが、IBの概念や評価方法を教員養成の過程の中に取り入れることで教育全体の質を向上することは可能ではないかと思います。IB教育の掲げるコンセプトや理想像に感銘を受けた一人として、IBの概念や教育方法を教育の普及していない地域、そして教育の質が停滞している地域の状況を改善するための羅針盤として取り入れていきたいと思います。

ここまでかなり長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。まだまだ勉強中の身ですので感想やご指導をいただければ幸いに思います。

参考文献

Pantic, N., Wubbels, T. & Mainhard, T. (2011).Teacher Competence as a Basis for Teacher Education: Comparing Views of Teachers and Teacher Educators in Five Western Balkan Countries. Comparative Education Review, 55(2), 165-188.

Luschei, F. T. (2012).In Search of Good Teachers: Patterns of Teacher Quality in Two Mexican States. Comparative Education Review. 56(1).

Madhavi, R. L., & Pushpanadham, K.(2011).Teacher Education Programs in SAARC Countries: A Comparative Study. International Forum of Teaching and Studies, 7(2).

Usman, Y. D. (2016). Educational Resources: An Integral Component for Effective School Administration in Nigeria. Research on Humanities and Social Sciences, 6(13).

Sulyman, K. O., Abdulrauf, B. I., Alao, B. O., & Ayinde Y. A. (2020). Eucational resources adequacy as determinants of public secondary schools effectiveness in Kwara state, Nigeria. Journal of education. 7(1).

未来のインターンの方々へ

この記事を執筆するにあたり、文献収集を行いましたので私なりの収集過程を記しておきたいと思います。少しでも参考になれば幸いです。

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