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妄想か、現実か、現代ロシアの病か、コロナ禍の世界の予言なのか?『インフル病みのペトロフ家』

2004年エカテリンブルクに住むペトロフは高熱に浮かされながらトロリーバスに乗る。料金を徴収するオバさんをはじめ、乗客はどことなく狂気じみている。バスはいきなり停車させられ、引きずり出されたペトロフは自動小銃を持たされ、連行されてきた特権階級と思しき人々を処刑するように促される・・・

インフルエンザによる幻覚なのか、それとも出会う人々が狂気に侵されているのか判然としないナンセンスな展開に加え、物語はいきなり過去に遡り、それも時間が前後しつつ、ときにリアルな景色がミニチュアに置き換わったりする。
常識の通用しないナンセンスで猥雑な展開の連続に物語を把握する努力を早々に放棄したくなってくるのですが、観続けていくとバラバラに見えた各シーンの関係性や登場人物たちの意外な繋がりが明らかになり、物語が非常によく練られたものであることが次第に明らかになっていくのです。
カメラがパンすると別の時制にシームレスに移動していたり、場所が変わっていたりといった場面を重ねる手法は大変手が込んでいて、そこだけでも目を見張るものがあります。
まっさらな状態で観た方がインパクトが大きいので、ここで具体的な内容に触れるのはやめておきますが、濃すぎる世界観に戸惑いながらも、その毒が次第に全身に回ってくると、このなんともいえない狂気の世界にすっかり魅了されてしまうのでした。
同時にこの狂気に満ちたカオスの世界はロシアが抱えるさまざまな問題をコラージュしたものではないか、という思いがしてくるのです。
飲んだくれで役に立たない男たち、凶暴な女、年末に現れる雪娘への仄かな憧れとトラウマとなる記憶・・・ロシアの市井の人々にとって既視感のある記憶の断片が、現代のロシアに根ざすトラウマとして再現されているように見えるのでした。

(C)2020 - HYPE FILM - KINOPRIME - LOGICAL PICTURES - CHARADES PRODUCTIONS - RAZOR FILM - BORD CADRE FILMS - ARTE FRANCE CINEMA - ZDF

監督のキリル・セレブレンニコフは2014年のクリミア併合に反対し、ロシアにおけるLGBTコミュニティへの支持を表明するなど反体制的な立ち位置で知られ、ロシア政府からの補助金を横領した罪で自宅軟禁されているときに本作の脚本と撮影も開始したとのこと。
補助金を巡る裁判で執行猶予つきの判決を受けたのち、2022年1月にドイツに出国。
本作は2021年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされ、今年も再び『チャイコフスキーの妻』がノミネート。
カンヌではロシアのウクライナ侵攻に対しポーランドの監督がロシアの作品が排除されないことを批判する会見を行いましたが、主催者側はセレブレンニコフを擁護。
体制批判を恐れず、ロシアを出国しての活動継続を宣言したセレブレンニコフの作品が単純なロシア排除の動きから除外されるのは当然の成り行きだと思います。

体制に反対し、国内での活動が制限されるなかで、身の危険を顧みず創作活動を続けることは相当の覚悟と勇気が必要なことと思います。
前作の『LETO-レト』や本作でもその突出した個性は明らかで、この先の活動も大いに注目していきたいと思います。

『インフル病みのペトロフ家』
映画『インフル病みのペトロフ家』公式サイト (moviola.jp)
5/27(金)~6/2(木)①13:15~15:45
6/3(金)~6/9(木)①14:20~16:50