集まれ!怪談作家に応募した怪談4「身入」


※前書き

VTuberの榊原 夢さんの企画である「集まれ!怪談作家」に投稿した怪談です。企画の詳しい内容や結果は動画リンクから。


・本文

 ここ最近、Aさんはソロキャンプにハマっていた。
 お盆休みも何処かへキャンプに行こうと思ったが、夏真っ盛りのこのシーズンはどこのキャンプ場も大賑わいで、静かなソロキャンプを楽しむのが好きなAさんは、行く場所に頭を悩ませていた。
 どこに行こうかと悩んでいると、ふと林業を営む祖父が山を所有しているのを思い出して、そこでキャンプをしようと思いついた。
 キャンプ場以外でのキャンプは初めてだったが、子供の頃に両親に連れられてよく遊びに行っていた祖父の山は勝手が分かっていてるし、私有地だからもちろん他に人は居らず、何かトラブルがあっても祖父の家が近いというのも心強い。早速祖父に連絡を取ると、快く承諾してくれた。

 連休に入るとAさんは、愛車にキャンプ道具を積み込んで早速祖父の家へと向かった。
 今でも山で仕事をしている祖父母はともに健在で、孫に会いたかった二人は大喜び。初日は祖父の家で過ごすことにし、次の日から山へキャンプに向かうことにした。
 翌朝、山へ向かうAさんを祖父母が見送りに出てきた。子供の頃から山へ遊びに行く時には、祖父母が見送りに来て必ず言われる言葉がある。

「見入乃沢には気をつけろよ」

 見入乃沢というのは祖父の山にある沢の名前で、昔から山に山菜取りや渓流釣りに入った親戚やら祖父母の友人やら、この沢で怪我をする人が多いそうで、Aさんも子供の頃にうっかり沢で遊んでいて大怪我を負った記憶がある。
 Aさんもすでにいい大人だが、祖父母にとっては孫は孫。やはり心配なのだろうと思い、分かったよと返事をして、Aさんは山へと向かった。

 山の麓まで車で行き、普段祖父が使っている場所に車を止めて、まずはテントを張る場所を確認する為に山へと入って行った。
 既にある程度当たりをつけていたAさんは、すぐに目的地の場所についた。沢の下流付近にあるよく子供の頃に遊んでいた場所で、平地になっておりキャンプをするにはうってつけの場所があった。
 キャンプ地を決めたAさんは、早速キャンプ道具を運び込んだ。テントを設営してタープを張り、焚き火をする為に手頃な石を運んで、薪を集めて火をつけて、気がつけば既に昼を過ぎていた。

 昼食を済ませてからまだ夜まで時間があったので、少し山を散策することにした。懐かしみながら、あっちこっち歩き回っていると、Aさんは見入乃沢の上流で、ふと気になるものを見つけた。
 対岸に何か、お墓のようなものがある。この辺りは魚を釣るのに何度か来ていた記憶があるが、お墓なんて見た覚えはない。
 あれは何なんだろうか。子供の頃に遊び尽くした祖父の山で、新しい発見をすることになるとは思ってもいなかったので、なんだか無性に興味が湧いてきた。
 渡りやすくなっている下流まで一度下ってから対岸に渡り上流まで戻っていったのだが、先ほど見たお墓らしきものが見当たらない。

(あれ、もっと上流のほうだったかな?)

 そう思って更に上流に向かって歩いて行ったが、それらしきものは見当たらなかった。再びさっき見た場所に戻ってよく探してみたが、結局それらしきものは見つからず、そうこうしているうちに、日が暮れ始めた。
 単なる見間違いか、それっぽい石がお墓のように見えただけなのか。気にはなるものの、明かりも無しに夜の山を歩くのは危険なので、Aさんはテントへ戻ることにした。

 テントに戻り夕食が出来上がる頃には、すっかり夜になっていた。
 準備してきた豚肉に、散策途中に取った山菜、飯盒で炊いたご飯。山の中なので凝った調理は出来ないが、これで十分。出来上がった夕食を組み立て式の小さなテーブルに並べて、Aさんはおもむろにクーラーボックスからあるものを取り出した。
 パチパチと焚き火の音、近くを流れる沢の水の音に虫の音、そんな自然の音の中に、カシュッと渇きを誘うような、あの心地の良い炭酸の音が響く。

「乾杯!」

 そう一言いうと、Aさんはゴクゴクと喉を鳴らしてビールを流し込んだ。
 いつも飲んでるのとは、何ら変わるところのない缶ビール。しかし、自然に囲まれて焚き火を眺めて、キャンプならではの焚き火で調理した料理に舌鼓を打ちながら飲むこの一杯は、この世にこれ以上のものがあろうかというほど美味く感じる。
 そんなこんなでソロキャンプを満喫したAさんはテントに入り、寝袋に入って就寝した。

 寝てからどれくらいたっただろうか、ふとテントの外で動く何かの気配に目が覚めた。Aさんは少し気配を伺ってから、音をたてないようにゆっくりと手を伸ばして、近くに置いてあったクマよけスプレーを手に取る。
 祖父からは、クマはいないが猪なんかは居るから気をつけろ、と言われていたため、野生動物の対策はしっかりとっていた。香りのするものはすべてテントの外に出しており、いざとなれば鉈なんかも用意はしている。ゆっくりと寝袋から這い出て、すぐに動ける体勢を取って外の音に耳を傾けた。
 カサッ、パキッと時折、何かが枯れ葉や木の枝を踏む音が聞こえる。どうやらテントの入り口の方向、4~5mほど離れたあたりをウロウロと歩き回っているらしい。

 しばらくそうやってじっと身を潜めながら、何かがテントから離れていくのを待った。しかし、いくら待っても一向にどこかへ行く気配は無く、辺りをウロウロしているのか、カサッ、パキッと同じ場所から物音が聞こえ続けている。
 正直、テントの前に居座れても困るので、まずは正体を確認することにした。意を決してゆっくりとテントの入り口を少しだけ開けて、外の様子を伺う。
 真っ暗な山の中、月明かりに照らされて何かがテントから少し離れたところに居るのが見える。じーっと見続けて目が慣れてきたころ、それの正体がわかって思わずギョッとした。
 昼間、見入乃沢で見たあのお墓のようなものが、そこにあった。

 Aさんはそのまま眠れずにテントの中で一夜を明かし、朝になって外を見てみると、そこには何もなかったという。その日は急いで道具を片付いけて、すぐ家に帰ったそうだ。
 その後、Aさんが祖父に聞いたところ特に心当たりはないとのことだったが、昔から沢の近くでは不自然に怪我をする人が多く、祖父も曾祖父から、見入乃沢には気をつけろ、とよく言い聞かされていたという。
 そんな経験をしても余程ソロキャンプが好きなのか、連休ともなればAさんは今でもその祖父の山でソロキャンプをしているそうだ。

 

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