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人の温もりが魅力の黒川温泉・旅館山河



大分県阿蘇山の裾野の谷間にひっそり小さく佇ずむ黒川温泉・旅館山河。旅館の主人が1本ずつ手で植えた美しい林の奥に見え隠れするそのお宿に、世界中からお客さんが足を運んでいると聞いたのは、通勤途中の車で聞いていたラジオでだった。いつか行ってみたい。ふわっと抱いていた願いが、子供たちの春休みを利用した家族旅行で、思いがけず叶えられた。


桜がほころび始めた山々を見ながら、渓谷に沿った細い道を車で向かう。看板ひとつなく、本当にここでよかったのかなと、少し不安になるような林道である。すると見えてきた「旅館山河」の看板にホッとする。細道から伸びた下り坂を降りるとお宿の方が駐車場で出迎えてくれた。

やっと見えた!山河の看板。それにしても佇まい、ひっそり

車を降りていよいよお宿へ。美しい木立の中に伸びる小道をさらに降りていく。「日本秘湯の会」の提灯が灯る重厚な玄関に出迎えられた。打ち水された佇まいが何とも清々しい。


チェックインではおかみさん自ら出迎えてくれた。「11年前は大変でしたね」と福島から来た私たちに声をかけてくれ、また2週間前に福島県沖で発生した震度6強の地震についても心配してくれた。そんな温かい言葉に、初めて会ったとは思えないほど思わず会話が弾んでしまい、そのあと案内してくれたベテラン風の中居さんが、私たちを何度目かの客と勘違いしてしまうほどだった。重厚なお宿にどことなく緊張していた私たちの心も解れるような、何気ない会話にあるあったかいおもてなしに初っ端から感激した。

ウエルカムドリンクやお菓子などのおもてなしからも心が伝わってくる

この中居さんもまた人間味あふれる人。我が家の小学生1年生と6年生の姉妹を気遣って、「もしよかったら、足元の見える明るいうちに」と湯あかりのことを教えてくれた。湯あかりとは、温泉街の中心を流れる渓谷上に、竹で編まれた球体状の「鞠灯籠(まりとうろう)」に電球が灯され、その景観を見て楽しむという、黒川温泉で行っている期間限定のイベント。日が落ちた後にその雰囲気を楽しむのももちろんだが、まだ明るい夕暮れ時なら足元が見えて安全だからと、中居さんはチェックイン直後の私たちに教えてくれたのだった。


幻想的な世界を創っている湯あかり

実は私は湯あかりのことを知っていた。ずっと前に雑誌で見たことがあったのだ。あの幻想的な景色が今そこで行われているなんて!ドキドキする気持ちを抑えながら手配してもらったお宿のマイクロバスに乗り込んだ。乗客は私たち家族4人だけ。なんて贅沢。運転手の方も、「福島からのお客さんは珍しいです」と、私たちのことを知ってくれていた。また、面白い話も教えてもらった。コロナ前は外国客が多かったそうで、どんな言語で話しかけられても来てもみんな難なく対応してきたという。ぱっと見たところ、スタッフさんは落ち着いたベテランさんが多かったように見受けられたけど、その中にどなたか英語が得意な方がいるのかな。そう思って尋ねると、「いえいえ、度胸です(笑)」と。フランス語にもイタリア語にもヒンディー語にも、身振り手振りとニュアンスで、変わらず対応してきたと。

そんな会話を交わしながら、温泉街に広がる湯あかりに到着。実際に自分の目で見た湯あかりはやっぱり素敵だった。温泉街まるごとシックに彩られ、あまりの美しさに心が洗われるよう。でもそう思うのは、この景観だけでなく、私たちを連れてきてくれた運転手さんなど、お宿のスタッフさんと交わす何気ない会話もあったかかったからだと思う。スタッフ一人一人の人情味にも心が温まり、美しい演出と合間って、心を打つ思い出として記憶に刻まれた。


そんな皆さんが切り盛りするお宿は、床は丹念に磨き上げられ、林の広がる景観はどこから眺めても自然の美しさが引き立つよう手入れが行き届いていた。3つある貸切温泉は、次の客が入る前に宿の方による確認が必ず入り、都度整えられるようだった。食事は、たけのこやうるいなど走りものの味が楽しめる懐石は、目にも美しく楽しく、あっという間の2時間だった。あまりにあっという間すぎて、幼い子らが2時間飽きずに座っていられたことも、後で冷静に振り返ると驚く。

目にも楽しい本格日本料理が次々と


この心地よさは、マニュアル優先ではなく、宿の皆さんの「お客さんをおもてなししたい」という心が作り上げているものだろう。皆さん気取ってなくて気さくで優しい。宿を取り囲む木立の木1本に対しても、人間本意で枝を切らないという配慮がなされているそうで、優しさは自然に対しても向けられている。旅館山河の魅力は、自然への尊厳と人懐こい人間力の高さ。それらが世界中の人々を魅了していたのだ。短い滞在時間の中でも、世界中の人が山河に足を運ぶ理由がわかった気がした。

マイナスイオンを全身に浴びるような木立の中の貸切露天風呂。いうまでもなく最高

コロナが世界中を席巻し、人と人との接触を極力避けなければならない時代になっている今、人工知能がホテル業界でも続々導入されていると聞く。一方、人のするサービスであっても通り一辺倒のマニュアル優先では、ロボットにとって変わられてしまう。人間にしかできないサービス、それがここにはある。そんなことにしみじみと思いを巡らせているうちにあっという間にチェックアウトの時間になってしまった。


戻ってきたいつもと変わらない日常。できることならあの場所にまた訪れて、本を読んだり周囲を散策したり、もっと贅沢な時間の使い方をしてみたい。それまでに、私も山河の皆さんに習い人間力を磨いて、周囲の人に心の温もりを提供できるような魅力ある人間になれるよう、努力をし続けたいと思った。

黒川温泉 旅館山河
https://www.sanga-ryokan.com/

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