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なぜヨーロッパでは日本酒が売れないのか(1)

日本国内で日本酒の消費量が減っている。国税庁の資料によると、2018年度の清酒の出荷量は、ピーク時だった1973年のたった3割。一方、清酒の輸出金額は5年間で2倍となっており、輸出すれば何でも売れるというまことしやかな噂も聞く。

2019年度の清酒の輸出先は、金額ベースで、アメリカ(29%)、中国(21%)、香港(17%)の上位3ヶ国が67%を占めている。ヨーロッパ(EU加盟国28ヶ国)へ向けた輸出金額は、わずか6%だ。

EUの人口は5.1億人(2019年)で、アメリカの3.3億人よりもはるか多い。それにもかかわらず、なぜヨーロッパへの清酒の輸出は、アメリカの5分の1しかないのだろうか。ベルギーで初となる日本酒バー・レストランを経営した経験を元に、ヨーロッパの日本酒事情について、私見を交えてまとめる。

◆ヨーロッパで「sake」は、食後酒だと思われている

ヨーロッパ(特にフランスを中心とした西ヨーロッパ)では、「sake」と聞くと、中華料理店でお会計をお願いしたときに、サービスで出てくる食後酒のことを思い浮かべる人がほとんどである。ヨーロッパに長く住んでいる方々に聞いてみると、1970年代にはすでに一般的なサービスだったようだ。この食後酒、透明で見た目は日本酒とほぼ同じ。お猪口のように小さなカップで提供されている。

◆ヨーロッパで「sake」は、蒸留酒だと思われている

その食後酒の正体は、白酒(パイチュウ)という中国発祥の蒸留酒で、アルコール度数は50度を超えるものも多い。蒸留酒が「sake」として提供されているため、日本酒もウォッカのような飲みものだと思っている人も少なくない。お猪口や日本酒グラスはサイズが小さいので、日本酒は少量を食後に一気に飲むものだというイメージが定着しているようである。

◆ヨーロッパで「sake」は、強いお酒だと思われている

ヨーロッパでは、ワインを飲みながらランチを楽しむことは珍しいことではないが、ランチを食べながら日本酒を飲もうという人はあまりいない。「sake」は食後に飲む蒸留酒、つまりアルコール度数の高い飲みものだと思われているからだ。

日本酒を小さなグラスで提供しても、ランチ客の中には全く口をつけない人も多いし、一口飲んで「酔いが回った」という人も何人もいた。酔っ払うという感覚は、その飲みものの本当のアルコール度数よりも、本人が思い込んでいるアルコール度数のイメージの方が、強く作用するのかもしれない。

◆ヨーロッパで「sake」は、美味しくないと思われている

中華料理店で、サービスとして無料で提供される「sake」は、とにかくアルコールの味しかしない、特に美味しいものではないと思われている。また、「sake」は一種類だけだと認識されているようで、日本酒にもワインのように異なる香りや味わいがあるということは、あまり知られていない。

◆ヨーロッパで「sake」は、下衆な飲みものだと思われている

何十年も前からこの白酒は「sake」と呼ばれ、女性が描かれた酒器で提供されていたらしい。しかも、その酒器に白酒を注ぐと、その女性の着物が消える仕組みになっているので、「sake」と聞くと、裸の女性が描かれた酒器で飲むアルコールだと思い込んでいるヨーロッパ人も少なくない。どことなく下衆なアルコールというイメージがあるようだ。

◆ヨーロッパで「sake」は、ホットドリンクだと思われている

日本映画や漫画の影響も無視できない。「sake」といえば、徳利とお猪口を思い浮かべる人にとっては、どんな日本酒でも温めて飲むものだと思っているようだ。日本酒にはワインのようにいろいろ種類があって、冷やして飲んだ方が美味しい場合もあると説明しても、やっぱり温めてほしいと言われることもある。それが正統な美味しい飲み方だと思い込んでいるのだから、意識変革は一筋縄ではいかない。

◆ステレオタイプを壊すのは難しい

ヨーロッパの消費者が、どのように「sake」を見ているのかについて、まとめてみた。何十年も前から白酒が「sake」として中華料理店で提供されていたことから、「sake」という単語の知名度は高いが、その単語に紐づくイメージは、日本酒のイメージとして私たちが広めたいものとは、かけ離れているという現状がある。

もちろん、日本への旅行者も増えているので、中華料理店で提供される「sake」と呼ばれる白酒と、日本酒が違うものであるという認識をしている消費者も増えてきている。日本酒を提供するレストランも増えており、一部のシェフやソムリエ、フーディーと呼ばれる食通の人たちは、日本酒は食事と一緒に楽しむ食中酒であると認識していて、日本酒についてよく理解している。しかし、このような日本酒の理解者はほんの一握りであり、大多数は上記のような間違ったイメージを日本酒に対して持っている。

だから、ヨーロッパで日本酒を売るのは難しい。