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散文詩集

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2020年7月の記事一覧

「骨壺の唄」

カタカタ カタカタ と 揺れて揺られて笑ってる 猫の足元 骨壺の中 下弦月夜にぶらさがり 老いた三毛猫が欠伸をすれば カタ カタカタ カタタカタ 骨が笑う 骨壺の中 カタ カタタ 他にひとつの物音もしない 静まり返ったこの夜更け あまりに骨が笑うので あまりにあなたが笑うので あたしは喰ってやることにした 一口喰んで しゃれこうべ 二口喰んで 足の甲 三口喰んで 割れた上顎 はぐはぐ はぐはぐ あなたを喰って 空っぽになったら ようやく眠れる いとしいいとしい骨壺抱

「 雑踏 」

空が墜落する。 一九九五年十二月三十日 午後四時五十八分 溢れ返る雑踏の、 まさにその脳天に 墜落が描く垂直線は 私の脊髄を 真っ二つに 裂傷させる 痛みもなく 衝撃もなしに 乱れることのない雑踏が 等分された セキズイを 通過してゆく その直中に 立ち尽くす 一分間は、 墜落の痕跡を残し得る 速度さえ持たず 腕時計の秒針一周きっかりで その真実は消滅する そして 裂けたままの 二つのセキズイとともに 私が 歩き出す

九,一ニ五の墓標

前方五〇メートル あの角を曲がるまで 午前四時 白み始める空の下 振り向くな 決して そうしている間にも忍び寄る 耳を澄まさなくとも聞えてくる、その 地面を破りやがて姿を現すだろう 招かざる客    ふつふつと    ふつふつ と    胸倉に突き刺さっていた筈の墓標を押し退け    右手から 地上へと、今 振り向くな、立ち止まるな 今は歩け、走れ、ひたすら今は    決して忘れてはいけない おまえの今が いつだって 死者たちのために 在るということを   あぁ、