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約束の記憶 15話

小説の15話です。

★登場人物

浅倉もみじ 保育士
森田かずは もみじの保育園に息子が通っていた

あれから1年が経ち、夢の中の出来事と思っていたことも、すっかり忘れて、日常になっていた。

毎朝、夫が朝食を用意してくれることも、ここでは変わらなかった。
もみじは津軽塗にすっかり魅せられて、弟子入りし、一日のほとんどをその時間に費やしていた。
飲み込みが早く、熟練した技術を取得し、はじめて1年しか経っていないことに、周囲の人たちは驚いていた。

あの時、かずはから見せられたお椀の画像が、頭から離れなかった。
フェイク画像だといわれて、なんだと思ったのに、同じ色、いや近い色がだせないか、ただただ毎日そればかり考えていた。

どうしてそれだけ必死になるのか、自分でもよくわからなかったけど、なぜかやらなければいけない気がしていた。

「かずはさん、どうしているかな」

かずはとはあれから一度も会っていない。

冬になり寒くなってくると、時々かずはのことを思い出していた。
寒さには少し慣れてきたとはいえ、今朝は特別な寒さだった。

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♪ 電話の着信音 ♪

「工房の明子さんだ、どうしたんだろう。もしもーし?」

「もみじちゃん?今どこにいる?」

工房で先輩の明子は、おっとりしていて、慌てたところをみたことがない。
その明子が慌てふためいている様子が、電話から伝わってきた。

「家にいますけど、何かあったんですか?」

「今からすぐに来れる?」

何があったのか聞いても、とにかく来てとしか言わないので、急いで工房へ向かった。

工房に到着すると、何人か集まって、ざわざわしていた。
明子がもみじを見つけて

「もみじちゃーん!」

と、手を振った瞬間、周りの人たちが一斉にもみじを見た。
その視線がぎょっとする緊迫感があり、何かしでかしたのか不安になった。

「わ・・わたし、なにか・・やらかしました??」

恐る恐る聞いてみると

「もみじちゃん、これ。あなたが作ったのよね?」

昨日塗り終えたお椀を置いていた棚を指さされた。

「はい。私がそこに置いて帰りましたけど・・・え?」

色が全く違う・・それは、あのフェイク画像のお椀と同じ色になっていた。

「えーー!!そこに置いたのは私ですけど、色が全く違う・・でも形はこれだし・・ん?」

何かとんでもない空気感が流れていて、そこにいる全員がもみじの一挙一動を見ていた。

「これはね、もみじちゃんが作ったものに間違いないんだけど、今何が起こっているかわかる?」

静かに落ち着いた口調で語る明子さんから緊張感が伝わってきた。

「どういうことですか?」

「これは失われた伝説の技法なの。口伝でのみ伝われてきて、それを復活させることはできなかった、何百年も。偶然の産物かもしれないけど、再現することができたら、あなた・・すっごいこと、やらかしちゃったのよ」

明子さんが言っていることが理解できなくて、しばらく固まってしまった。

結局、いいことをしたのか悪いことをしたのかわからないけど、やりたかったことは偶然にもできたようだった。それは、喜びになるはずが、ひんやりとした怖さを感じるのは、周りの目があまりにも冷たかったからだった。

なんか・・この感じ・・。味わったことがあるような、ないような・・。

そんな張り詰めた空気の中、突然ドアが開いた。

「こんにちは!」

振り返ると、そこにかずはが立っていた。


つづく

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