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1日コーチとしてプロランナーのレースに帯同した話#防府読売マラソン

※兄のことが大好きな妹というわけでは決してありません。同じ両親から産まれ、かなりよく似た性質を持っているというだけで、好きとか嫌いとかそういう感情は1ミリもありません。困ったときは仕方なく助ける、双方にとって利益ある行動を取る、という考え方が正しいかもしれません。

〔迷〕コーチに任命された私

自称プロランナーの兄は監督やマネージャーがいるわけでもなく、今回の帯同者を探していたようです。周りのみなさんに断られ、たまたま同じ競技を続けてきた最終秘密兵器(勝手にそう言っています)として私に白羽の矢が立ったようです。

「お金出してくれるなら行ってあげてもいいよ、うはは。」

あまりにも上から目線の妹の返答にも、いつもの通り穏やかに

「じゃあよろしく」

ということで、私は無料で山口観光の切符を手にしました。

スペシャルドリンク

山口に向かう前日に、兄から早速連絡がありました。

モルテン買って来て。」

「あ?(自分で買ってください。)」

ご存じの方も多いと思いますが、モルテンとは、マラソンで史上初2時間切りを果たしたキプチョゲ選手も日本のトップランナーも使っている高濃度のエネルギー補給可能なスポーツドリンクです。30km走もできなかった私が、モルテンを飲み始めてからエネルギー切れすることなく40km走をこなせるようになったので、本当に超スーパースペシャルドリンクだと思っています。前日から少しずつ飲んでエネルギー補給することも大切です。そんな命のパウダーを兄は持たずに山口入り。私もちょうど持っていたので、指令通り2袋分をスーツケースに入れて山口に乗り込みました。

大会前日、「ほれ、頼まれたやつだ、受け取れ」とスペシャルドリンク用のモルテンと、手土産のカステラを渡し、既に任務を果たした気分になりました。

(賞味期限切れでした)

大会前日の開会式と瀬古さん

招待選手ということで、前日の記者会見や開会式に私も参加させてもらいました。選手としての私の競技力では足を踏み入れることができなかった世界です。兄から恩恵を受けるとともに、やっぱり選手としてこの場に立てたらカッコいいなと複雑な気持ちにもなりました。いろいろ葛藤しているときに、廊下でばったりお会いした瀬古さん(日本陸上競技連盟強化委員会マラソン強化戦略プロジェクトリーダー・横浜DeNAランニングクラブ)から「お前たち兄妹そっくりだな。兄貴が女だったらこんな顔だな。ガハハ」と声をかけていただき、こんな自分にもフランクに話しかけてくださる瀬古さんの温かさを感じました。DeNAに所属経験のある兄から、「あれが瀬古さんの愛される理由」と言われ何度も頷けました。

(ペースメーカーの愛三工業・パトリック選手はとてもひょうきんな方で、応援したくなりました)

前日までの〔迷〕コーチ業

・スペシャルドリンクの中身をお届けする
・昼食、夕食をご馳走する
・タクシーを予約する
・スペシャルドリンクボトルを作る
・記録係として写真撮りまくる
・目障りにならない行動をとる

なかなか上出来だったと思います。

(前職の経験を生かして、商品陳列の仕方を教えてくれるプロランナー)

「やることはやってきた」兄の言葉をにわかに信じて

そして、迎えた当日。晴れ、気温13℃。マラソンを走るには暑いくらいの天候でした。スタート・ゴールの防府陸上競技場に到着し、昨晩作ったスペシャルドリンクを提出しました。

監督IDカードをぶら下げていても、男子選手の控室に入るのは恐れ多すぎたので、呼ばれたら行くというスタイルで外で控えていました。

「何かあったら呼んでくだせい」

と兄にLINEした4分後、

「鼻血が出た!ティッシュが足りない!」

と盛大にLINEしたのは私です…昨晩、乾燥したホテルの部屋で思いっきり鼻をかんで、鼻の粘膜が傷ついていたようでした。それか鼻をほじっていたのかもしれない…。

「ググって止血方法検索すべし」

アップ前の兄から、落ち着いた現代的な返信がありました。

その後、鼻血は自然と止まり鼻にティッシュを詰め込んだまま応援することがなくて本当に良かったです。

スタート後は、競技場近くの8km、18km地点で走る姿を見てから監督室でテレビ観戦させてもらいました。前日の開会式の際に挨拶させていただいた競技役員の女性の方が本当に親切で、

「はい!椅子。ここに座って。」
「お弁当も食べてね」

と慣れない空間にびびっていた私の緊張をかなりほぐしてくださいました。兄はペースメーカーの桃澤選手が離れるまでの25kmまではトップ集団の中で比較的落ち着いた様子でレースを進めていました。その後は日本人トップを争いつつも、少しずつ後退し、結果は4位で防府読売マラソンを終えました。『優勝、最低でも3位以内』を狙っていただけに少し厳しい顔をしていました。勝てば夕飯をご馳走してもらえるかも、という私の淡い期待も泡と消えました。

(4位でしたが、貞永杯という新人賞をいただきました。思わずお辞儀して帰りました。)

アスリートとしての兄の姿

今年4月からプロランナーに転向した兄は、今まさに試行錯誤している最中だと思います。周りの方々からも、そんなに思い切った挑戦をするようには見えないのに、と言われながらも自分で道を切り拓いていく姿はとても刺激になります。レース後もケアを怠らず次を見据えている姿や、1位マシュー選手、5位ポール選手と積極的にコミュニケーションを取る姿はなかなか参考になりました。「my young sister」と紹介してもらったのに「ナ、ナイストゥミートゥー…」としか言えなかった反省を今後の語学学習に生かしていきたいと思います…。

(上記記事にもあるように「ケニアと日本をつなげたい」と言っていた兄の思いが伝わってくる場面がいくつもありました。)

私もまだ競技者として諦められない気持ちが大きいので、今回貴重な機会を与えてくれたことに感謝したいと思います。大会関係者の方々からも、来年はぜひご兄妹で!と言っていただけて大変ありがたかったです。

プロランナーのnoteはこちら

余談

大会前日の夜、防府駅前のイオンで長野県の公務員ランナー・牛山さんとばったりお会いしました。「口福堂」という大福屋さんの前に、今回ペースメーカーだった同じく長野県の桃澤選手とニコニコしながら立っていらっしゃいました。初見だったにも関わらず、「ここのいちご大福おいしいよ、ほら」と言って購入したばかりの袋の中を見せてくださいました。

翌日、

スペシャルドリンクを提出する際に、目の前に昨日の牛山さんがいらっしゃいました。ちょっと勇気を出して声をかけようとしたら、

補助員の高校生に「ボトルの中身はね、」とスペシャルドリンクの中身を丁寧に説明して、笑いを誘っていました。なんか、どこかで見たことあるような光景だな、と思わずこちらも笑みがこぼれてしまいました。

瀬古さん、パトリック選手、牛山さん、愛される人の理由がなんとなくわかったような気がしました。

アスリートは誰だって応援してもらいたいはずです。競技成績はもちろん大事ですが、人柄を知ってもらうことが応援してもらえるポイントかなと再認識しました。客観的に選手の姿を見させていただいて、本当にいい経験ができました。

おわり。

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