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天使のお仕事~下界バカンス編⑤

前回④はこちらから

「ぬか漬け居酒屋・しの」の扉を開けると、ボスとマスターのゆうさんが二人で肩を組んで飲んでいるところだった。

すっかり、このご夫婦と仲良くなったらしい。

「あら、いま噂をしてたとこだったのよ。また来てくれたらいいのに、って」

女将が、にっこり笑っておしぼりを出してくれる。ゆっくりしたいが、今は残念ながらそんな時間はない。

「ボス、お願いがあります」

私はボスの前に立つ。さっきまで真っ赤な顔をしていたボスが、ふと真顔に戻る。

いつものさえざえとした冷静な目を見て、私は一瞬で悟った。


ボス、敢えて私を見逃してくれていたのね。


きっと最初のコンビニで、このいきさつを予想してたのだろう。

ボスはゆっくりと、私を見上げる。

「終わらせてきたか」

「はい」

「・・・そうか」

ボスは、何も咎めない。

ぜんぶ、ぜんぶわかった上で自由にさせてくれてたのだ。

インキュバスとの通信も、ボスが気づかないはずがない。なんというか、ボスには全く敵わない。


「で?何を私に言いに来た」

「ボス、お願いです。私に権限を戻してください」

「何だと?」

ボスの目が一瞬ギラッと光る。

「あの人が、縁結びのリストに載りました。・・・おそらく私と出会ったせいで」

彼の波動が前向きになったので、主が彼をお選びになったのだ。

縁を授けるのに、適した人の子であると。


「ボス。アンジェリカ主任の役目を私に果たさせてください。無理を承知で、お願いしています」

ボスは、じっと私を見つめる。

この、その場から動けなくなるような目。これが、ボスの本来の性質だ。

「お前にできるのか?」

「はい」

「・・・自分が愛した男の幸せを願えるのか。天使アイリスよ」

「やります。私が、愛した人だからこそ」

きっぱりと私は言い放った。

「私が責任を持って、縁を繋いでみせます!お願いです、ボス。これは私の仕事です。アンジェリカの権限を、私に」

ボスはしばらく視線を泳がせて考えていたが、ゆっくりと頷いた。

「アンジェリカ、聞いているか」

プツン、と音がしてアンジェリカにつながる。

「はあい、ボス」

「新規の降臨は、特別にアイリスにゆかせる。休暇中ではあるが、私が責任を持つ。わかってくれるな?アンジェリカよ」

アンジェリカの、ハイトーンの声が響く。

「もう、なんか変だと思ってインキュバスくんをとっちめて聞き出しましたよー!アイリスセンパイ、なんかいろいろやらかしたらしいですねー」

ぐさっ。


「ホントは私も、数字つくりたかったんですけど、センパイの後処理なんか、面倒くさくて嫌ですー。どうぞ、なんでもやっちゃってください」

アンジェリカが憎まれ口を叩く。

でも、たぶんこれはアンジェリカの優しさだ。私が気を遣わないように。


「言っときますけど、私主任だからセンパイよりできる仕事、広いですからねー、主任だから」

ひとこと多い。


「でも、センパイ、正直見直しました。よく帰ってきましたね。さあ、はやく行ってくださーい。間に合わないですよー」

アンジェリカが何か操作をしたらしい。

私の衣がキラキラと輝き、いつもの白衣に変わる。身体も軽い。

「ありがとう、アンジェリカ!」

私は急いで、姿を消す。これ、やっぱり便利!

移動する瞬間、マスターのゆうさんが

「今の・・・コスプレ?」

とつぶやいているのが聞こえた。


今日は、木曜日の夜。

ヨシナガカオリは火曜日にだけ店にくると言っていた。キョウスケは今日コンビニの仕事がない日だ。

店以外で出会わせるしかない。

キョウスケの現在地と、ヨシナガカオリの現在地をマップに出す。そんなに離れていない。いける!

私はまず、ヨシナガカオリの元へ飛んだ。


ヨシナガカオリは、仕事帰りで商店街のアーケードを歩いていた。まっすぐ彼女の家へと向かっているようだ。

長い髪と、きれいな切れ長の目。

これが、キョウスケの想い人・・・。

やっぱり、胸がちくん、と痛む。しかしあれだけボスに言いきったのだ。

やりとげる。絶対に。


波動を読み取る。

深い海のようなブルー。そう、さっきの私のワンピースのような。

ブルーは、聖母マリアの色とも呼ばれる。この人、きっと優しい人だ。

周囲を見渡すと、占い師の女性が街頭で鑑定をしている。ちょうど客が途切れたところだ。ごめん、身体を借りるわ!

私は占い師の中に入り、呼び掛ける。

「あの、そこのあなた」

古い手だけれど、しょうがないわ。

ヨシナガカオリが、足を止めた。

「そこを動きなさんな。もうすぐあんたの運命の人がやってくるよ」

「運命の人?」

「そうだよ。あんたをずっと見つめてる人だ。あんたは今まだ意識してないかもしれないが、優しい人だよ」

「えっ・・・だれだろう・・・」

カオリが考え込む。

「その人が来るまで、ここにいなさい。来たら私が教えるから」

「でも・・・あの、私、見たい番組があって、帰らなきゃ」

カオリはなかなか座らない。

ああもう!見逃し配信見ればいいじゃないのよ!

私がどうにかしてカオリを引き留めるかを考えていると、

「あー、もう、みてらんない」

通信が入りアンジェリカの声がした。

「私の権限、甘くみないでくださいよー。私、同時に二ヶ所に行けるんです。意識を分散させて、キョウスケ・マミヤのとこにも行ったらどうですかあ。そのほうが効率はいいですう」

そんなことができるの、あんた!


そりゃ仕事が早いのは当たり前だ。

「キョウスケ・マミヤはセンパイとさっき別れて、気持ちが明るくなってますね。本屋で雑誌をいくつか買ったところです。〖モテる会話術〗、〖デートコース30選〗、〖団地妻シリーズ〗?あらこれはちょっとエロスだわね」

・・・そこまで言わんでいい💢


「とにかく、早めにくっつけたほうがよさそうですよ」

プツン、と通信が切れる。ありがと、アンジェリカ。

アンジェリカの権限を使う。

意識を分散させて、キョウスケのもとへと私は飛んだ。

最終回へ続く↓














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