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【超短編小説】彼の腕、彼女の席

総務課の木村さんが好きだ。

入社は私より1、2年先だろうか。あまり話したことがないから分からない。いつも、社内ですれ違うだけの人。

私の心をわしづかみにしているのは、彼の腕だ。太くはないが筋ばった、きれいな腕。

前腕屈筋群というらしい。

願いが叶うなら、
あの腕で抱き締めてほしい、と思う。


彼の腕が、一番私の席から魅力的に見える瞬間を狙って、内線をかける。

「お疲れさまです、営業一課の松崎です。コピー用紙の補充お願いします」

こうして彼が、コピー用紙を台車で運んでくるのを待つのだ。

こんなときに課長から呼び出されたりしないように、全部用事は終わらせてある。

今日はコーヒーつき。

あら、電話が鳴ってる。誰か取りなさいよ。


「おつかれさまです、5箱ですね」

彼がいつものように紙の箱をコピー機の横に積んでいく。長袖シャツを捲った手首から肘に向かう、優美な筋の線。

今日は大きめの腕時計が揺れている。

ああ、大好き。

冬になると簡単には見れなくなるんだもの。


ぼうっとしていると、

「ここ、サインお願いします。今月からちょっと厳しくなって」

と伝票を私の席にもってきた。

彼の顔を近くで見るのはたぶん、初めてだ。低いけれど、重くなくて素敵な声。

ああ、胸の鼓動がうるさい。


サインをする。


ーあ。


見たくなかった・・

木村さんの薬指には、
結婚指輪が自分の存在をアピールするように、鈍く光っていた。

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前腕屈筋群、と書きたいだけの腕フェチ小説でした・・(笑)


【教訓】一部ではなく、時々は全体を見よう!

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