【シロクマ文芸部】書く時間
書く時間。
すなわち活動報告の時間が私は憂鬱。
今日もぱっとしない日だった。
朝からの春木さんのアポは流れ、昼イチのプレゼンは決まらなかった。
秋田さんにTELアポしたけど折り返しもない。
いや、プレゼンが決まらないだけならいい。雪村さんのあの言い方!余計なお世話、と言わんばかりのあの表情。
ほんと、言い方ってあると思う。
私だって成績のためだけにやってるんじゃないんだから。
雪村さんの仕事は自営業。入院給付金を厚く、もしがんになったら休業したときの三大疾病の一時金もいるよね。バイトさん2人いるから、その間のバイト代に充てられてたらいいよね。
がんは2年間の再発率が高いから、2年間はしっかり休んでほしい。だから一時金には2年間の年収くらいはないとね。
昨日も1日、雪村さんになりきって考え、何回もプリンターとデスクを行き来し設計を作り上げた。渾身のプランが出来てもっていったが、あえなく撃沈。
「そんなに心配してくれなくていいよ。俺はガンにはならないから。親父もじいちゃんもずっと大往生でね。保険屋さんに生かしてもらわんでも大丈夫」
雪村さん、私の設計書…5秒も見てない。
そして、私を「松田さん」とは呼んでくれなかった。
俺はガンにはならない、なんて何で言いきれるんだろう。世の中のガンの罹患率見た?人口の半分はなにかのガンになるんだよ。
雪村商店のコロッケ大好きなのに。雪村さんには、もし闘病してもお店を畳んでほしくないんだ。手元に資金があればバイトを増員したって仕事を続けられる、そう思っての設計だったのに。
「お節介、なんだろうなあ」
声が出てしまう。
社内の目線をちら、と感じてしまい、あわててパソコンへと向かった。
はやいとこ活動報告をしあげて帰ろ。今日はもう何もする気にならない。
折を見て、というのは逃げ言葉だ。もう雪村さんは私に時間はくれないだろう。もうコロッケ買いにいきづらいや。
キーをたたく指も我ながら荒っぽくなる。
「雪村さん?あ、桜町商店街の」
急に後から声をかけられ、びくっとした。
わが社売上No.1、若きエースの近藤さんが私のパソコンを見下ろしていた。
スタイリッシュなスーツ、ピカピカの靴。今年の年収2000万クラスという怪物。
怪物すぎて、正直あまり今まで接点はなかった。
うわ、この人苦手。なに言われるんだろ。
「あそこのメンチ、よく高校のとき食ったんですよ。オーナー元気?」
近藤さんはいつもよりちょっと柔らかい表情で言った。この人、こんな風に笑うんだ。
「あ…はい。私もここのコロッケが大好きで!よく食べてたんです」
「ですよね!あそこ、学生が夕方腹減らしていくと何も言わずにでかいのを包んでくれるんだよな。あのオーナーさ、わかるんだよね、そういうのが。すごい助かってましたよ」
意外だ。近藤さんとこんな話をしてるなんて。
「はい、私もです。だからアプローチしたんですが…」
私はおずおずと言った。
「お店に何度か伺って、やっとアポを30分いただいたんですが、設計すらまともに見てもらえなくて」
近藤さんの顔が真剣になる。
「店でそのままアポとれたんですか」
「は、はい」
だってそれ以外に思い付かない。
「すごいことやるなあ」
「そ、そうでしょうか」
近藤さんは私の横に座り、私の目をじっと見る。設計が稚拙、とか勉強不足とか言われそうだ。確かに、私は若い学資世代が主なマーケットで、今まで事業主の担当はしたことない。
「この保険で、雪村さんにどうなってほしいんですか?」
「え?」
予想外の質問にきょとんとなる。
「えと…就労不能時にも閉店しなくていいように三大疾病時の一時金と、入院給付金を厚くしてBプランに…」
「いや、そういうことじゃなくて」
近藤さんが手で私の言葉を制する。
「全然松田さんの言葉になってない。俺にも響きませんよ。パンフレットに書いてる言葉をただ読んでるみたいだ」
さすがの私もカチンとくる。年下のくせに、何でここまでずけずけ言うんだろう。
くっそ、腹立った。
「っていうか、私があのコロッケをずっと食べたいからです。あそこのお惣菜を頼りにしてるお客さんがどんだけいるか!さびれた商店街のなかで、雪村さんとこだけが駅前のテナントに入らず踏ん張ってる。すごいことだと思って。その挑戦を応援したくて!単純な気持ちです」
大声になってしまい、慌てて口を噤む。
「それですよ!」
近藤さんがにっこり笑った。
「それ、そのまま雪村さんに言ってあげてくださいよ。知識や経験も必要だけど、契約は気持ちで預かるんです。それ松田さん得意じゃないですか。今の言葉、すごくよかった」
「ああ…でももう断られて…」
私は思わずパソコンを見つめてしまう。
「松田さん、この仕事、断られてからがナンボじゃないですか。事業主の中には、そうやって営業を試す人もいます。飛び込みでアポ一度は取ってくれたんでしょ?じゃあ人としては合格ってことだ」
近藤さんは私のパソコンの画面のDeleteキーを押した。
「はい、書き直し。たかが社内の活動報告だけど、文章には言霊が宿るんです。適当に書いてはいけません」
でも、今後どうやれば…と返事に戸惑ってるうちに近藤さんは隣のフロアで新人さんとなにやら真剣に話をしていた。
この人、こうやって悩んでる人に関わってるんだ。
見た目で判断して、「嫌味な奴」としか思ってなかった自分を反省した。
私はパソコンに向かい、報告画面を見つめ直す。
そうだ。一度断られたからってコロッケを買ってはいけない訳じゃない。また一旦お客に戻るだけだ。
次の機会がもし頂けたなら、その時は。
「このコロッケが食べられなくなると、私が困るからです」と、言えそうな気がする。
ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!