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【曲からチャレンジ】2日目③ショート・ストーリー~歩いて帰ろう

やってしまった。最悪。

私はとぼとぼと職場からの道をバス停まで歩いていた。

このご時世、アルバイトだって求人が減っているというのに。

時給だって、悪くはなかったのに。

スタッフに横柄な態度をとり続ける院長婦人にブチ切れてしまった。

「また、明日から仕事探さなきゃなあ」

家に帰ると、家族に説明しないといけない。気が重い。

「あんたは、いつもガマンがたりないのよ」と母は言うだろうし

「お父さんの時はもっと厳しかったぞ」と父は言うだろうし

「そうやって履歴書がどんどん汚れていくんだぞ」と兄は言うだろう。

わかってるよ。私が一番、自分の嫌なとこわかってる。

だけど、我慢できなかったんだ、今日は。

帰りたくないなあ。

私は公園のベンチに腰を降ろす。まだ気持ちが昂ってて、求人情報を見る気にもならない。

私はただ下を向いて、しばらくそこを動けなかった。

「マツイさん」

ふと声の方を見ると、レントゲン技師のワタナベくんが立っていた。

仕事あがりだろうか、白衣を着てないワタナベくんは、職場で見るよりちょっと幼く見えた。
髪の毛サラサラで、まあまあ可愛い顔をしている子だ。

「今日、マツイさん攻めてましたねぇ」

面白そうにアイスコーヒーを私に差し出す。

「傷口に塩を塗りにきたんですか、ワタナベくんは」

アイスコーヒーはだいぶ汗をかいていた。もしかしたら、様子を伺っていたのかもしれない。

「いえいえ、そんなこと」

ワタナベくんは大袈裟に驚いて見せる。コイツ、腹の底が見えない。何しにきたんだろう。

「あ、僕ちゃんと彼女もいますし、別にマツイさんにはまったく興味ないので安心してください」

わざわざ言われると、

さらに腹が立つ。


「じゃあなんですか。笑いに来たんですか。おかげで明日からまたニートと呼ばれる生活ですよ」

私が横目で睨むと、アハハと笑う。

「なんでそんな風に言うかなあ」ワタナベくんは頭をガリガリと掻いた。

「僕ね、新卒であの病院に入って、もう6年です」

ふん。ということは28歳くらいか。いいよね、20代後半と30代前半じゃけっこう違うよね。

「院長の奥さんね、ひどい物言いでしょう。ずっとああだったから、みんな変に慣れてしまってて」

院長婦人は50代後半ということだが、とくに事務の女の子に厳しい。

今日も、院長室の書類が失くなったことを事務室のせいにして、スタッフを立たせたまま2時間ねちねちと説教だった。

「学歴が低いあなたたちを雇ってやっている」

「うちを辞めたらロクな仕事につけない」

「恩を仇で返すのか」

今回の書類のこととは関係ない話題ばかり。

生理中だった後輩が、気分が悪くなって倒れても叱責をやめないので、

「お言葉ですが副院長」

と私が口を出してしまったのだ。

「いやあ、なんかあんなに口答えする人いるんだ、って感じでしたよ」

ワタナベくんが心底楽しそうに言う。

「二時間拘束されるほどの価値、あなたの話にはありません、だって」

しかも今度は私の物真似つきだ。似てないけど。

「・・だって、口から出たんですよ、仕方ないでしょう」

私はため息をつく。

「だからね」

ワタナベくんが私に向き直る。

「僕の友達になってくれませんか?」

「はあ?」

なんかこの子ずれてる。

「僕ね、女の人のその場しのぎのズルいとこばっかり見てきてしまってて。あ、彼女はズルくてもいいんです、可愛いから」

いちいちうるさいよ。

私は呆気に取られてワタナベくんのよく動く口元を見ていた。

「えと、何が言いたいかというと、マツイさんがはじめて友達になりたいな、と思えた女の人なんです。だから、友達になりましょう」

「あ・・まあ、別にいいけど・・」

30過ぎて「友達になりましょう」なんて言われるとは思わなかった。

「そうですか!よかった。ではこれ友達の証です。あげます」

ワタナベくんから手渡されたのは、剣の形のキーホルダーだった。

「マツイさんは勇者です。あ、ちなみに僕は魔法使いです。あ、白魔法のほうです。ホラ」

白でも黒でもいいからさ。

ロッカーの鍵に、魔法の杖のキーホルダーがついているのを、恭しく見せてくれる。

「はあ・・まあ、ありがとう・・」

なんて言いようもなく、私はキーホルダーを鞄に入れた。何がなにかわからないが、勇者認定してもらえたらしい。

「では、お気をつけて」

ワタナベくんはそれだけ言うと、病院のほうに戻っていった。

バスがちょうど公園前にきたようだ。

私は、バスにそのまま乗ろうと思ったが、ふと思い直し乗るのをやめた。

「勇者だからね。歩いて帰りましょうか」

めちゃくちゃな子だったけど、なんかおもしろかったな。

さっきより、だいぶ心が軽かった。

斉藤和義/歩いて帰ろう


予定よりハチャメチャなワタナベくんになってしまいました(笑)

また、明日もがんばります!



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