雪の女王の謁見に敬礼を

10年ほど前に、4年間、仕事の関係で札幌に住んでいた。

今は関東にある実家の近くで久しぶりの一人暮らしを満喫している。関東にも、積もるほどの雪が降った。

札幌に住んでいるときは、冬が来るのが怖かった。同時にとても惹かれていた。夜のすすきのの街でオレンジ色の街灯に照らされた雪の影がチラチラと、積雪のある道路に流れると、胸がドキドキした。寒さは、いつまでも慣れることはなく、一度経験すると、その恐怖の記憶がさらに寒さを恐ろしい感覚にする。

一歩、住宅街に迷い込んでしまって、誰も外に出てこない、ただ雪とアパートの汚れた白い壁がつづく、真っ白で静謐な世界に足を踏み入れたこともある。息がつまるほどそこは静かで、濃密な白で、雪に囲まれすぎて少し温かい。霞の中のような風景。この世界に、もう誰もいないのではないかと、思えた。

契約がとれなくて、仕方なく足を伸ばし、岩見沢の寂れた、としか言いようのない商店街を一つずつ回って、契約をとろうとしたことがあった。どんどん暗くなり、吹雪くなか、一軒一軒店を周り、強ばった笑顔を振りまき、やっと話を聞いてくれた時計屋さんが、既に契約があったこと。まったく目標に届かなかったイベントの後、先輩がおごってくれた味噌ラーメンが熱くて、体の芯からぐっと迫って美味しかったこと。

ノスタルジックな思い出のなかで、私の北海道は、恐らく本当の北海道と別次元の世界を形成している。

関東にいた頃も、長野や新潟にスキーに行っていたし、とりたてて言うほど雪に憧れていたわけでも珍しかったわけでもない。

けれど、札幌での生活を経て、帰ってきて10年。私の中の別次元の北海道では、雪は特別に美しく、そして怖い。本当に人の命を奪うし、冷たい。私の北海道は、北の国からと、ライラの冒険の北極と、ナルニア国が混ざった世界。雪の女王が支配している。冷たい処女の女王。色気や媚態がない、ただきりきりとした美しさで人の心臓を凍らせる。

夏しか北海道に行ったことがないと言う人には、私は冬の北海道は絶対に行った方がいい、と勧める。ウインタースポーツをしなければ、冬の北海道に観光しに行くのは、なかなか勇気がいる。けれど、そこでしか会えない美しさがある。

そして、女王が去った後の、甘い甘い春。そのうっとりとする甘美さは、雪国に住む人しか味わえないだろう。

私はたった四年しか居なかったものの、北海道の雪の女王とその後のボッティチェリ的な春に参ってる。

今日の雪は、少し北海道の雪に似ていた。東京で、雪の女王に謁見できて、私は、震え上がりながら、なんだかちょっと嬉しかった。

#エッセイ #別次元の北海道

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