帰省のカタチ
例年だったらこの時期は帰省シーズンですね。今年はご案内の通り自粛ムードで帰省したくてもできない方が大半だと思います。まぁ私の周りの落語家達は元々お盆に帰省する人って少ないと思います。ニッパチ(2月と8月)の落語家は暇と言えど急に仕事が入るかもしれない訳で、よほど近い田舎でない限り帰省しません。私の実家は熊本県山鹿市というところにあります。去年は奇跡的にお盆に地元の仕事があったので仕事も兼ねて帰省しましたが、帰省するのは大体5年に1回ペースですね。仕事を理由に帰らないというのもありますが、実家にいると落ち着かないんですよねぇ。食べるものは黙ってても親が出してくれるし、その他の家事も全くやる必要がありません。実家の周りはのどかなところで時間の流れものんびりとしています。そしていつのまにか親が飼いだした可愛い猫が1匹います。ここまで読んで、いやメチャメチャ楽園じゃねぇーか!と思われた方おいででしょうが、それが嫌なんです。東京砂漠で1人暮らしを10年以上経験すると、東京の慌ただしさをバックに一人で面倒臭い家事をやりながら孤独を感じないと気が済まなくなってる自分がいます。ドMなんでしょうか。でも、故郷を捨てた訳ではないんですよ。むしろ上京してから大好きになりました。近すぎると煩わしく感じるくせに離れてみると寂しく感じる。ままなりませんなぁ~。そもそもお盆に帰省する理由の第一は先祖供養ですよね。だから今年帰れない東京人のために、業者が代行でお墓参りをしてる様子をVRで見れるサービスなんかもあるそうです。これだったら帰省ベタの私も経験したいと思うのですが
ヒロシ「え!?それ本当ですか?」
業者「ええ、本当ですとも。今年はパンデミックで帰省を自粛される方が多いという事で、当店では実家帰省代行サービスをやらせていただいております!お客様はVRで帰省さながらの体験ができる訳です!」
ヒロシ「すごいですねぇ!是非やりたいです!!」
業者「ありがとうございます!では、映像を作るにあたって少し質問をさせていただきますね。まず、帰省されたら何をしたいですか?」
ヒロシ「ええっと、とにかくべッドに横になって一歩も動きたくないですね」
業者「お客様、それはお勧め致しません」
ヒロシ「え?どうしてですか?」
業者「こちらは時間制だからです。お客様がこのVRを買い取っていただき、莫大な料金をお支払いいただくのであればよろしいのですが、限られた時間の中でサービスを有効に使っていただくために本当にやりたい事を絞るべきです。ちなみに料金は1時間5万円でございます」
ヒロシ「そんなにすんの!?だって実家に帰る目的ってダラダラすることでしょ~?」
業者「では1時間5万円でダラダラなさいますか?」
ヒロシ「う~ん、そう言われるとなぁ。じゃあ、ダラダラはやめてヘラヘラするのは?」
業者「5万円です」
ヒロシ「やっぱ変わらないんですね、あの~例えば皆さんどういう事をやってるんですか?」
業者「まぁ人それぞれなんですが、お袋の味を堪能される方は多いですね」
ヒロシ「なるほどなるほど!そういう事なんですね!では僕も是非お袋の味をお願いします!」
業者「かしこまりました、ちなみに献立は何ですか?」
ヒロシ「カレーですね」
業者「カレー!いいですねぇベタで!当店カレーは得意です!」
ヒロシ「え?何ですかその得意って?」
業者「あ、いえいえ何でもありません、他にご希望はございますか?」
ヒロシ「そうですね~、あとは仏壇に手を合わせたいですね」
業者「かしこまりました、他にございましたら?」
ヒロシ「まぁあとは、実家で飼ってる猫のトラを思いっきりモフモフしたいですね」
業者「かしこまりました、ではすぐに調査をしてVRの作成をして参ります。1週間後にまたご来店ください!」
ヒロシ「分かりました~!」
1週間が経ちまして
ヒロシ「VRができたって本当ですか?」
業者「はい!当店による実家の極秘調査を経まして完成致しました!早速ですが、両手にコントローラー、腰と両足にトラッカーを装着して下さい」
ヒロシ「分かりました!すごいな~この機材」
業者「最後にこちらのヘッドセットを装着していただければ、疑似帰省体験の始まりです」
ヒロシ「分かりました!装着っと、ああっ!す、すげぇ!!このサビれた玄関、ボロボロのマット、そしてオレが物心ついたときから飾ってあるドライフラワー、まぎれもなくうちの実家だ!」
業者「お気に召しましたか?」
ヒロシ「あ、会話もできるんですね!はい!まるで本当に帰省したようです!」
業者「それはよかった、では時間制限内にご希望の事をなさってください」
ヒロシ「そうだ!うかうかしてる場合じゃなかった・・・あれ?急にカレーの匂いがしてきた!台所からだ!あぁ!テーブルの上にカレーが、そしてその横には母ちゃんが満面の笑みで立ってるよ、何か不気味だな、じゃあ時間もないし食べるか」
母「こら、ヒロシ!外から帰ってきたら手洗いうがいしなっ!」
ヒロシ「急に鬼瓦みたいな顔になって怒りだしたよ!母ちゃん喋れるの?」
母「こら、ヒロシ!外から帰ってきたら手洗いうがいしなっ!」
ヒロシ「それしか喋れないんだね、もう手洗いうがいしたよ!あ、また満面の笑みに戻った、何だろこのクソゲー感、まぁいいや、時間もないし早速お袋の味、いただきまーす!・・・ん?これは確かにカレーなんだけど、全然母ちゃんの味付けじゃないぞ?これレトルトじゃん!」
業者「予算の都合で・・・」
ヒロシ「いやここ一番大事でしょ!お袋の味なんだから」
業者「しかしこの時期にぴったりのカレーを選びました」
ヒロシ「何だよそれ!」
業者「盆カレー」
ヒロシ「くだらねーな!もういいよ、じゃあ仏壇に手を合わせよう、おぉ!これもすごい!まさしく実家の仏壇だ!あれ?何かうっすら横に浮いてるの爺ちゃんと婆ちゃん!」
業者「サービスです」
ヒロシ「いらないよ!何か恨めしそうに見てんじゃん!もういいよ、とにかく早く手を合わせよう」
母「こら、ヒロシ!外から帰ってきたら手洗いうがいしなっ!」
ヒロシ「母ちゃんは出てこなくていいよもう!あれ、そこにいるのはトラちゃ~ん!会いたかったよぉ~モフモフモフ~……ん?何か違うぞこのモフモフ感、ゴワゴワしてるし臭いし」
業者「ちゃんと品種も調べたんですが」
ヒロシ「品種?」
業者「ダスキンですよね?」
ヒロシ「モップじゃねーかよ!もういいです!こんな疑似帰省面白くもなんともないです!」
業者「お客様、大変申し訳ございません‼こちらはサービスです!」
ヒロシ「もういいよサービスしなくて!あぁっ!そこに立ってるのは小学校の初恋の人、カオリちゃん!!」
業者「お気に召されましたか?」
ヒロシ「勿論ですよ!ずっと会いたかった人が目の前にいるんですから。しかも全然変わってない、すごくキレイだ・・・あのっ、カオリちゃん!ずっと言えなかったんだけど僕、君の事が、君の事が好き・・・あれ?急に真っ暗になったぞ?ここからって時に故障ですか~?」
業者「いえ、タイムオーバーです。続きを楽しみたければ追加料金として5万円いただきます
ヒロシ「5万円!?合わせて10万円じゃん!たかが帰省にそんなお金かけられないよ!」
業者「何を言ってるんですか!これからの時代、帰省することは最大の贅沢なんですよ!」
ヒロシ「あぁ、これこそが帰省概念の変化だ」
(終わり)
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